小説

『ものがたりの続き』原口りさ子(『人魚のひいさま』)

 
 魔女のことを擁護するものは、街のどこにもいませんでした。少なくとも、表面上は。人魚の民たちは街の完成と戦いの勝利を喜び、久しぶりの平穏を祝いました。しかし、きらびやかなドレスで着飾ったある女性は、街の瞬きに後ろめたさを感じ、ぼろぼろの服を身につけた家族は、街のある場所を通るたびに、うつむきながら、でも、かならず軽く会釈をしていきました。
 それは、ふとした時に昔の過ちを思い出し、ちくりと胸が痛む女性でした。それは、亡き息子のことを祈る、街の暗闇に住む家族でした。 
 魔女は、いつも、弱いものの味方でした。人魚姫に対しても、魔女は、ただ願いを叶える出来うるかぎりの手助けをしただけでした。魔女は、人間の愛を受けることは難しいだろうということも、そして薬の副作用として声を失うことも包み隠さず人魚姫に話しました。そして、それを踏まえて納得した人魚姫は、覚悟を決めて水の上へとお上りになったのです。魔女が最後に見た人魚姫の姿は、それは、それは幸せそうに、瑠璃色の海を上っていく姿でした。

 

 
 ある冬の明け方、朝日を眺めていた舵取りは、ほんの一瞬、どこからか女の泣き声のような音を耳にしました。しかし、その声の方向を見渡しても、人影を見つけることは出来ません。ただ、オレンジ色の波間を、黄色い優しい日の光が包み込んでいる様子が見えるだけでした。
 舵取りは、しばらくの間、その光景に見入ってしまいました。

 うなじに風が通ります。南のほうからの風を、たしかに肌に感じました。

「ああ、春がもうすぐ来る。」
 舵取りはそう思いました。

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