小説

『シンデレラの継母』泉谷幸子(『シンデレラ』)

 と夢を見ているようなうっとりした目をしてつぶやいている。ふたりはシンデレラをその程度にしか認識していなかったのかと彼女はあらためて自分の娘にがっかりしたが、それについて何か言う気にはなれなかった。
 大広間の大時計が厳かに12時を告げた。彼女の予想通り、シンデレラははっと我に返った様子で王子様の手を離れ、出口に向かった。王子様はそれを追いかけ、ふたりとも出て行ってしまった。その様子を彼女はぼんやり眺めていた。

 翌日の昼過ぎ、彼女は王子様が昨夜の貴婦人を探していることを知った。聞くとその貴婦人はガラスの靴を階段に忘れて帰ったので、それを手掛かりに王子様の遣いの者たちがすべての出席者貴族の屋敷を回っているらしい。そして、まもなくこの屋敷にも彼らが到着するという。彼女は慌てて長女と次女をたたき起こし、なるべく小奇麗に身を整えるよう言いつけた。シンデレラは買い物に行って不在だった。
 間もなく王子様の遣いの者たちが深紅のビロードのクッションにガラスの靴をうやうやしく掲げ、屋敷にやってきた。長女も次女もなんとかその靴に足を入れようと奮闘したが、どうしても入らないものは入らなかった。シンデレラが帰って来たのは、遣いの者たちが出て行こうとしたその時だった。顔を紅潮させ、わずかに息を弾ませているところを見ると、噂をどこかで聞きつけて急いで帰ってきたのだろう。運命は決まった。
 薄汚れた小間使いの姿をしているシンデレラがその靴をはいてみたいと言った時、使いの者たちは少し躊躇したが、彼女たちに失礼に当たるのではないかと判断したのかシンデレラに靴を差し出した。長女と次女は嘲り笑ったが、彼女はそれを下品だと注意する気力も起きないほど脱力感に襲われていた。そしてその靴がぴったり、本当にぴったりとシンデレラの足に合った時、彼女はようやく理解した。
 これほどまで隙なく合う靴が、慌てていたとはいえ簡単に脱げるはずがない。シンデレラは偶然ではなく、故意に靴を忘れて行ったのだ。自分が王子様の意中の相手であると自覚しつつも、12時に帰らなければ協力してくれた使用人たちに大変な迷惑がかかることを承知していたシンデレラにとって、何か手掛かりになるものを残しておきたかったに違いない。しかし、髪飾りやネックレスなどでは誰のものか判断しかねる。靴だと、サイズがそれぞれなので誰にでも合うものではない。しかも調節のきかないガラスでできている。そこで、シンデレラはとっさにわざと靴を脱いだのだ。そして果たして読み通りに、王子様は持ち主を探し出した。

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