屋敷は以前彼女が住んでいたところよりも広く、庭もやはり広かった。使用人は御者、庭師、料理人、小間使いが1名ずつ。身ひとつでいいと言った夫の言葉を信じて彼女は娘たち以外誰も連れてこなかった。家族が5人なのだから、小間使いだけでも少なくともあとひとりは必要であることに最初に門でちらと使用人を見た瞬間に気づき、後悔した。家庭のことは夫はいかようにしてくれてもいいと言ったが、古ぼけた土地家屋を見回りくたびれた使用人たちを見渡したところ、新しく人を雇う余裕がないのは明らかだった。つまりたったそれだけの人員で、家庭を切り盛りしていかなければならない。つましく生活するしかないが、下級とはいえ貴族は貴族、それ相応の付き合いもあり、身なりもある程度きちんとしておかなければならない。そのあたりのさじ加減が、なかなかにして難しい。
しかし、彼女は有能な人物だった。馬の世話と馬車の手入れしかしていなかった御者には庭師の下働きもさせることにした。そして庭師には雑用を減らした分、新たに立派な部屋着を用意して、家の中の家具調度品の修理や手入れ、掃除までも担当させた。料理人は仕事がこれまでの倍近くに増えたので、わずかではあるが賃金を上げてやった。小間使いは面倒を見るのが実質娘ひとりだったのが女4人になったので、くるくると目まぐるしく働かずにはいられなくなった。それまでなんとなくだらけていた使用人たちは、敷地内を忙しく見回る彼女の目がいつどこで光っているかわからないので、努めて仕事に励むようになった。
彼女は女主人として順調に滑り出した。没落寸前に見えたこの屋敷を立て直すことはやりがいがあったし、使用人から一目置かれていると自覚できるのは彼女にとって満足なことであった。それに、新しい娘は愛らしく美しい。加えて素直なうえ、品がある。文句のつけようがない。
「それにひきかえ」
と彼女は嘆息する。連れてきた自分の娘たちのなんと見劣りすることか。
長女は背は高いがギスギスにやせており、顔は馬のように長い。次女は反対に丸々太りすぎており、背が低い。そしてどちらも、親の目から見ても不美人だ。不美人という表現をするのもどうかと思うほど、どうにもこうにもならない顔をしている。そして救いようがないのは、本人たちどちらもその自覚がなく、自分はなかなか良い顔をしていると思い込んでいるらしいことだ。さらにいただけないのは、所作に全く品がない。がさつという言葉がぴったりくるくらいだ。彼女はそれを嘆かわしく思いながらも、娘たちをなんとかしてやりたいと日々悶々としていた。