小説

『音がきこえる』Mac(『トカトントン』太宰治)

 ああ、今日も工事の音が響いてきます。トカトントン、トカトントンと。
 本当に村尾さんの言うようにこの音聞いてるとやる気がなくなる気がしてきます。村尾さんは今頃何してるんでしょうか。ちょっと前に実家に帰ってしまいましたけど。もしかして彼女が元気なのって、ちょくちょくここから離れて工事の音を聞いていないからじゃないでしょうか。ああ、なんか考えるのもなんかめんどくさい。
「あー……」
 フローリングの床が冷たい。あ、エアコンつけてもひやっとする。夏はありがたいんですけども。でも体温で徐々に温もっていく感覚って結構好きなんですよね。
 トカトントン、トカトントンと音が響きます。
 そういえば最近佐伯さんも見ません。どうしたんでしょうか。どうしたんでしょうね。なんかもう、どうでもいいや。だんだん億劫になってきました。こりゃあ本当にこの音のせいでやる気が失われているのかもしれません。
 トカトントン、トカトントン。ずっと聞こえるこの音はなんなのでしょう。本当に工事の音なのでしょうか。
 よく聞いてみると、そうじゃない気もしてきます。でも、そんなこともどうでもいい気がしてきました。

「どう? 佐伯さんは」
「うーん、そろそろ厳しいかもしれませんね」
 ナースステーションにて、まるで日常事のように会話が交わされている。
「村尾さんはうまいこと離脱できましたけど、佐伯さんも小田巻さんみたいにちょっと厳しいかもしれません」
「そっかあ、大野さんは?」
「大野さんは五分五分ってところじゃないですか?」
「あー、だね」
「まあ、今日は特に注意が必要、ということでいいでしょうか」
「そうだね。まだ若いからどうにかしたいとこなんだけどねえ」
「ええ、本当」
 血液がポンプを通して体から抜かれ、そして体へと返される。トカトントン、トカトントンと体内の大動脈に挿入されたバルーンが膨らんだりしぼんだりする音が彼女に響く。

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