小説

『音がきこえる』Mac(『トカトントン』太宰治)

「あ、そうだ」
「いたっ」
 うまいこと下げた頭と開けるドアとがバッティングしてしまいました。クッソ痛い。いえ、とても痛いです。
「まだいたんだ」
 謝罪の言葉も無しですか。
「……なんですか?」
 しかしここは菩薩の大野ちゃん。笑顔で許してあげましょう。
「挨拶って、ウチと二○三号室だけ?」
「その予定ですけれど」
 別に両隣さんになる二部屋に挨拶しておけばいいでしょう。まさか普通は同じフロアの人に挨拶するものなのでしょうか? まさかマンション全部の住人とか?
「そう。ま、気をつけて」
 それだけ聞くと、またドアを閉めてしまいました。なんなのでしょう、彼女。もしかして一人暮らしをすると心が荒んでくるんでしょうか。ああならないように私は気をつけましょう。
 とりあえず気を取り直して二○三号室にご挨拶です。
「ごめんください」
「はいはーい、ちょっと待ってくださーい」
 二○三号室。どんな人が住んでいるんでしょうか。こっちも似たような人だったらこの先やっていける自信がなくなりそうです。いや、別に誰か仲良くしてくれる人がいないとやっていけない弱い人間ということではありませんよ? こういうのは意識の問題です。意識。
 例えば両隣に気の合いそうでない人がいる環境で、夜中に洗濯機を回せますか? 大学で知り合った方々とパーティできますか? 朝まで麻雀打てますか? そういう話です。うまく伝わればいいですけれど。
「はい、どちら様で」
 ガチャ、とドアを開けて出てきたのは活発そうな女性。
「あの、隣に引っ越してきた大野です。どうぞよろしくお願いします」
「あ、そう。隣? え、隣?」
「はい、二〇二号室です」
「ああ、だよね、いやなに。なんでもない」
 なんでしょうか。ああ、もしかして二〇四号室も空いてるんですかね。

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