小説

『桜の木の下にて』大野展(『桜の木の下には』)

 次の日。私はバスに揺られ、山間部のある村に向かった。その村の山奥には樹齢2000年と言われている桜の古木が一本だけ、ひっそりと“住んでいる”と知人から聞いたことが
あったからである。穴に埋まるための備品はなんとかリュックに詰めることができたが、スコップだけはさすがに奇異に映ると思い、現地で調達することにした。
 バスから降り立った私は、さっそくスコップを購入するべく目についた雑貨屋へ足を運んだ。この辺りの地質調査のためと言い繕って首尾よくそれを手に入れた私は、さりげなく目的の桜についてこの店の主人に訊ねてみた。かなり高齢の店主は、あの桜には神が宿っているから見るのはよいが近づいて触ろうなどとしなさるな、と言いつつその場所を教えてくれた。村の者もあまりその場所へは足を踏み入れない、とのことだ。好都合である。人の目を気にせずに、穴を掘る作業に専念できるというものだ。
 深夜。やや西の空にかかる黄色味を帯びた月の光に照らされた巨大な桜の前に私は佇んでいた。巨大と感じさせるのは高さのせいではない。その横幅と奥行きのためだ。幹は、丸みよりもむしろ平らな壁を連想させ、私に圧迫感を与える。その恐ろしく太い幹のおかげで枝はまるで孔雀の翼のように大きく広がり、今その枝には狂気の沙汰としか思えないほどの満開の花が咲いていた。神が宿っていると言われているのも不思議ではない。2000年の時を経るうちに、この木は霊力を身に付けたのかもしれない。しかしそれこそ私が望んでいた桜だ。この桜の木の下に埋まれば、きっと黄泉の国の秘密を打ち明けてくれるに違いない。そう考えた私は、夢中で穴を掘り始めた。
 1時間もかからず穴を掘りあげた私は、さっそく穴に入り土を戻し、桜の根が訪れるのを待った。やがて思惑通り桜の根が這いより私の身体にからみついてきた。しかし、どうしたことか桜の根は私に何の映像も見せてくれず、早々に私の身体から退いていった。前回、前々回とは異なったこの桜の行動に、私はひどく戸惑った。だがなぜなのか理由を考えているうちに、再びたくさんの桜の根がやってきて私にからみついてきた。私はほっとして喜んだが、しかしそれはほんの束の間だけだった。なぜなら桜の根たちがからみついた場所は、私の首のみだったから。なるほど。さすがは霊力を身にまとった桜だ。私が死んでおらず、したがって腐っていないことをいち早く察知し、ならば殺して腐らせようと態勢を整えていたわけか。
 からみつく根はだんだんと多くなり、締め付けも徐々にきつくなってきた。土の中で身動くの取れない私はされるがままだ。呼吸困難に陥り、意識がもうろうとする中で私は気づいた。そうか。そうだったんだ。私は彼の話を聞いた時からこうなることを望んでいたに違いない。それに気づいた私の心はとても満たされ、直後私の意識は一旦は真の闇に向かう。

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