小説

『ホントの気持ち』山本康仁(『鶴の恩返し』)

「もっと何か、びっくりするようなものを編んでみてはいかがでしょうか。手袋やマフラーでは、最近の人にはあまり驚きはないのかもしれません」
「結構時間、掛かるんですけどね」
「既製品を買う人がほとんどですから。手編みの大変さを知らない人も多いですよ」
「セーターとか? ニット帽なんか作っても、裕樹さん、使わないだろうしなぁ」
「以前、ひと晩でカーテンを編み上げて、家の模様替えをされた方がいまして。その方は次の日の夜に見られたそうなんです。さすがに変だぞって」
「カーテンですかぁ」
 香苗は白を基調に黒のアクセントで整えた裕樹のアパートを思い出す。クリスマスが近いと言って、数日前、裕樹はポインセチア買ってきた。
「今の雰囲気、結構気に入ってるんですよね」
「スーツ、なんていかがでしょう? さすがに不思議に思うんじゃないかと」
「徹夜ですかぁ」
 香苗は何時間も寝るほうじゃない。それに毎日、昼寝だってしている。しかしここ数日は「今日こそは」という期待もあってか、ろくに目を閉じていなかった。
「それで見られると思えば、価値はあると思いますが」
「やってみます」
 香苗は立ち上がる。白菜やネギで膨らんだ袋は重い。
「『絶対』も二・三日に一度は、使うように心掛けてください」
「分かりました」
 とっておきのスーツを編もう。裕樹の身体に合わせた、特別な一着。気持ちを新たにすると、香苗はその細い脚を躍らせた。

 驚かせたくて、完成したスーツをリビングのカーテンレールに掛けると、香苗はそのままソファに座って待っていた。そのうちウトウトしていたのだろう。「おはよう」の言葉に肩を叩かれ、目を開けると裕樹の顔があった。
 振り返ると、キッチンにはもう朝ご飯の用意ができている。

1 2 3 4 5 6 7