小説

『ホントの気持ち』山本康仁(『鶴の恩返し』)

 シャワーから出ると、裕樹はグラスをふたつ用意してソファーに座っていた。
「ロードショー、始まっちゃうよ」
 急かされて、香苗は裕樹の隣に座る。注がれた冷酒をくっと飲む。この家に来てからもう、三週間が経とうとしていた。
 早い人では三日目に覗かれたと聞いていた。そうじゃなくても一週間。残業や出張、飲み会など、帰りが遅くなる家庭でも、それでも二週間ほどで見られる。
「見ないでって言ったのに……」
 そのお決まりの台詞が終了の呪文。それで元の自分の生活に戻る。昔から人気のちょっとした体験型ツアーのようなものだった。普段の生活にマンネリを感じていた香苗にとっては、助けてもらったお礼もでき、一石二鳥のお手頃企画のはずだった。そんな遊び感覚がいけなかったのだろうか。
 裕樹がティッシュを取る。気づけばもう、ラストシーンだった。愛する人との別れ。新しい出会い。盛り上がるテーマソングに合わせ、静かにエンドクレジットが流れてくる。
 鼻をかんで裕樹が立ち上がる。香苗はテレビを消すと、グラスと瓶をキッチンへ運んだ。
「そろそろ寝よっか」
 裕樹があくびをする。
「あの……」
 水を止め、香苗はさっと手を拭いた。
「お願いがあるの」
「いつものこと?」
「絶対に見ないで欲しいの。ぜぇ~ったいに」
「分かってるよ。香苗さんの部屋は覗かない」
「ホント? ぜぇ~ったいに?」
「うん、絶対」
「何かしてるかもしれないけど、色々してるかもしれないけど、それでも覗いてはダメ。わたしが何をしてても、ぜぇ~ったい、見ないでくれる?」
「約束する」
「ぜぇ~ったい?」

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