そして、あたりが、真っ暗闇なのに、男は、変わらず本を開きながら、夢遊病者のような様子で、ペーシをめくり続けている。
その本の題名が、「グリム童話」と読み取れる、ことにも変わりがなかった。
臆病な俺が、どして、この事態に泰然自若と言ってもいいような、心の状態を維持することが出来ているのだろうか?
結構、自分についての観察なんか、あてにならないのかもしれない、そんな事を、男はぼんやりと感じながら、夢遊病者のような様子で、ペーシをめくり続けていた。
しかし、今、開いたページに、ネバーエンドという単語が読み取れたことには、男は気づかなかったのだ。
ホーホーとフクロウの鳴き声が聞きこえる。
ますます、ランタンが近づいてくる。そんな気がした。
ボソボソと話し声。
男なのか女なのかもわからない。
いやいやそれどころか何処なのかもわからないのだ。全てが混沌としていた。そんな世界。いや、云いようのない幻想めいた渦中に 漂う世界。二人ではなく、独白かも。
とにかく、混沌として分からない。
「ある募集要領に、さまざまなアイデアによって新しい物語は生まれます。と、書いていたわ」
「アイデアがなければ、物語は、生まれないのかよ」
「人の心を動かす力を持った短編小説。と」
「短編小説で? それ可能なのかよ」
「あなたって、なんでもケチつけるのね」
「おとぎ話や昔話、民話、とても好きだよ」
「だからなによ!」
逃げ出す狸、追うウサギ。
あの荒野。
そう、白雪姫と7人の小人の、あの荒野で、逃げる狸と追うウサギ。
やがて、暗闇で逃げ惑う炎、真っ黒なウサギが牙をむき出して、追いかけていた。
ウサギは7匹になっていた。