小説

『ぼそぼそ』多田正太郎(芥川龍之介『カチカチ山』グリム兄弟『白雪姫』)

 物語る。で、自称作家であるとの思いを、訂正したい。私は、物語ることによって、どこにでも存在するのだから、その意味で、語り続けることで、なにも自称などと卑下することはないのだ。作家と言い張って構わないだろう。
 私は、物語ることによって、どこにでも存在するし、物語によって、語り続けることによって、永遠に存続するのだ。
 まあ、「だったらいいなあ」、と思う、そのくらいにしておこう。と、男は思った。
 古家の居間。そこで、コーヒーを口にしながら、お気に入りのイスで、こうして寛いでいるのだし。

 やがて、チラチラと光が見えだした。
 ランタンだと、なぜか男には分かった。
 そう、ランタンだ。
 それがだんだん近づいてくる。そんな気がした。
 カエルの鳴き声、ドイツ語の囁きや騒がしい会話の声等が、闇の奥に聞こえる。
 ケロケロ、ザワザワ、ガサガサ・・。
 そんな事態が、全然恐ろしくなかったけど、なんでこうして深い深い、それは言葉で言い表すのが、ちょつと難しいかもしれないほどの深い森の中に、今、いることになったのだろう、ということが、やはり分からなかった。
 そんな時に感ずるだろう、焦りのような気持には、ならないでいる自分を感じていた。
 なんでこんな事態にいるのに、焦りもしないだろうか?
 まあ、不思議だらけなのが、人間なのだから、それ、当たり前なのか。
 男は、そんな風に、のんびりとしている自分が、それこそ不思議で仕方なかった。
 ますます、ランタンが近づいてくる。そんな気がした。
 そして、カエルの鳴き声、ドイツ語の囁きや騒がしい会話の声等が、闇の奥から、さらにこちらに近づいてくるのが、男には感じとれた。
 ケロケロ、ザワザワ、ガサガサ・・、と。
 再び、ホーホーとフクロウの鳴き声が聞きこえる。深い深い、それは言葉で言い表すのが、ちょっと難しいかもしれない、そんな深い森の中であることに、状況に変わりはないのだが、全く不安のような気持には陥らないでいることも、なんら変わりない。

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