「鏡よ、鏡。この世界で一番美しいのは誰?」。あれ、聞いたことがあるぞ、と男は思った。よく知られた物語だ。
「それはあなたよ」と、鏡が答えるやつだな、もちろん、「白雪姫」だ。
ホーホーとフクロウの鳴き声がまた聞こえてきた。男は、物語には、人間の心に働きかけるものがあると思っている。なぜなのかは、分からないが、とにかくだ。
男は、そうだった、人間の心に働きかけるための物語の出版検討会議に、出ていたことを思い出していた。
「本の表紙は、ページにカウントしないとかの、国際基準という約束事があるのだよ」
こんな発言を、奇妙な気持ちで聞いていたんだつた。と男は思い出した。
それが何で、こうして深い深い、それは言葉で言い表すのが、ちょっと難しいかもしれないほどの、深い森の中に、今、いることになったのだろう。
男は気づいた。かつて「かちかち山」の翁だった自分を。そして「白雪姫」に出てくる、狩人だったし、「ヘンデルとグレーテル」、の父親だった、と、男は思い返していた。
女の語り声。いうまでもなく、女は、「かちかち山」の媼だったし、あの「ヘンデルとグレーテル」では母親だった。
久しぶりに、その世界に戻ることが出来た。
かつて、いたことのある世界に。
そう、その世界に存在していたのだ。
飢餓との戦いの、さまざまな物語を、転生しながら、思い続けてきたことがある。
それは、語り継がれた物語を、鎮魂歌として、読んでもらうことだった。
それは実現した。
そして、今、そう今の世に、こうして作家を自称して、私は、ここに存在しているのだ。
私、すなわち、自分というものの成り立ちは、語り続ける、そう物語り続けることだ。
そのことがなくしては、私は、決して存在しないのだから。
言い換えると、私は、物語ることによって、どこにでも存在する。