小説

『ぼそぼそ』多田正太郎(芥川龍之介『カチカチ山』グリム兄弟『白雪姫』)

 ボソボソと話し声。
 男なのか女なのかもわからない。
 いやいやそれどころか何処なのかもわからないのだ。全てが混沌としていた。そんな世界。いや、云いようのない幻想めいた渦中に 漂う世界。二人ではなく、独白かも。
 とにかく、混沌として分からない。
「天上山あたり」
「え。何?」
「かちかち山の舞台」
「天上山?」
「富士急ハイランドの北。東京都神津島村の神津島字天上山」
「詳しいね」
「舞台というからには、そこで、かちかち山の物語が、あったわけね」
「まあ、そんなところかな」
「なによ、まあ、って」
「まあ、だから、まあ、さ」
 天上山の頂に、狸とウサギのシルエット。
 目撃情報が多数寄せられる、そんな都市伝説が。
 一冊の本から、かちかち、かちかち、と音が聞こえ出した。

 ホーホーとフクロウの鳴き声が聞きこえる。
 深い深い、それは言葉で言い表すのが、ちょつと難しいかもしれない。そんな深い森の中であることは、男にも感じていた。
 あたりは、真っ暗闇なのに、男は、本を開きながら、夢遊病者のような様子で、ペーシをめくり続けていた。その本の題名が、「グリム童話」と読み取れた。
 どこからか、女の声が、聞こえてきた。

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