その瞬間、再び一冊の本が、バサリと大きな音を立てて落ちた。
何処からともなく、かちかち、かちかち、と音が聞こえた。
そして、ウサギが走り去っていった。
穏やかな旋律の曲が聞こえ、かすかにコーヒーの香りがした。
コーヒーを口に運ぶ男、女が、紅茶をすすっている。
「グリム童話・・」と、男。
「ええ。子捨てや、姥捨て話、としてね、その痕跡を残しているわ。そんな飢えをしのぐ、食べ物の歴史の中で、ジャガイモが、救いの神として伝わったのよ。だから、今でも、ドイツ料理にとって、ジャガイモは、必須のメニューなのよ」と、女。
「ジャガイモがなあ」と、男。
「こんな言葉があるくらいなの、女の子は、ジャガイモで、フルコースの料理が、出来るようになれないと、お嫁にいけない」と、女。
「ジャガイモが・・」と、男。
静かに目をつぶる男。
再び目を開けたとき、今度は、暗闇に、たき火が見えた。
そのたき火を囲む、大きな影と小さな影。
童話の挿絵そっくりの、白雪姫風の衣装をまとった女が、ジャガイモをむいていた。
曲の旋律が、とても暗いものになっていた。
女のまわりの、7つの黒い小さな人影。
三角帽子をかぶったシルエット。
フクロウらしき鳥の不気味な鳴き声が、鬱蒼とした真っ暗闇の森に吸い込まれてゆく。
得体の知れない不安が漂っている。
そんな光景を眼下に、荒れ果てた原野に立ち尽くす、男。
やがて、何かを齧り付く耳障りな歯音が暗闇の原野のあちこちで聞こえだす。
目を凝らすと、ぼろをまとった大勢の人間が、生ジャガイモを、貪り食っていた。
その一人が、男に気付いた。
鋭い雄叫びを上げ、男を目指して、駆け上がってきた。
一斉に、大勢の群れとなって、男に迫ってきた。男は、叫び声を上げ、気を失った。