「独自の解釈によって新しい『浦島太郎』、『カチカチ山』、『舌切雀』を書き上げたのは、太宰治でした。ともよ」
「その通り。とりわけ芥川さんの、『カチカチ山』は・・」
「あら、芥川さんも『カチカチ山』を書いているのだ。知らなかったわ」
「で、なんだけど」
「なによ。急に」
ここで、ボソボソ話しは途切れた。
接吻する、狸とウサギのシルエットが、オレンジ色の夕日に浮かび上がる。
古屋。
綺麗に改築された居間。
窓から、オレンジ色の夕日が差し込む。
寛ぐ現在住んでいる若い夫婦のシルエット。
「何か聞こえない」
「え。何?」
「空耳よね。でも、何か聞こえたような」
「何か見えたような、だろ」
「あら、あなたも」
「ここに越してきて以来。ずっと・・」
「作家さんよね。前に住んでいたかた」
「・・・」
「あら、違うの?」
「そういう作家。みんな知らないって」
「でも、物語の家って・・・」
「物語の家?」
何処なのかもわからないのだ。全てが混沌としていた。そんな世界。いや、云いようのない幻想めいた渦中に漂う世界。とにかく、混沌として・・・。
その先に、翁と媼の家が、うっすらと見えている。
「むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが・・・」
どこからともなく、物語の語り声が聞こえてきた。