小説

『ぼそぼそ』多田正太郎(芥川龍之介『カチカチ山』グリム兄弟『白雪姫』)

 なんて、力むつもりはないのだが。
 物語の世界。

 男が、眠っていた。
 そして、夢を見ていた。
 見ているのは、読んだ本の内容だった。
 その本の作者は、「自分とはいったい何者なのか?」、という問いに、自分は、自己物語を通してのみ産み出されると、キッパリと主張する。
 人の行動や経験そしてエピソードは、無限に多様であると思うのだが、これを物語化することによってのみ、自分は、現れることが出来る、というのだ。
 物語のストーリーの結末によっての、選択と配列が、物語化だというのだ。いずれにしても自分という起点があって初めて、全ての事物事象との関係が生まれる。ここの答えがない限り、他者との関係はもとより、一切の事物事象との、折り合いなんて、つけられない。と男は思った。
 まして、自己以外の物語を、語ることなど。
 男には、この点が、スッキリしていなかった。まさに、目から鱗だ! 
 そして、自己物語は、語り得ないものを前提とし、かつそれを隠蔽している、という主張だ。この主張で、物語化という構成が、とても明瞭になる。と、男は思った。
 何よりも、だからこそ、自己物語は、語りなおせるとの主張だ。
 えっ! 自己物語は、語りなおせる!
 ここで、夢から覚めた。
 しかし、朦朧とした頭で、考え続けていた。
 私。いや自己と言ったほうが、感じが出るかもしれない。自己の実態は、己について語り続けることによって、存在し続けるわけだが、そもそも、そう思う、私は、いったいどいう存在なのだろう? と。
 これは、終わりなき物語、ネバーエンディング・ストーリーの世界なのかもしれないと、
男は思い、ニヤリとした。

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