小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

 勘吉は、これまでと大きく異なることを感じずにはいられなかった。それは童子が、こちらを見つめ返しているからだった。まるで、今晩勘吉がここ
に来ることを分かっていたかのように、待ち受けていたように。
 少しの沈黙が続いた後、童子はくるっと背を向けてしゃがみこんだ。
「また絵日傘を作ろうというのか?」
 興奮で体温が上がるのを感じながら、勘吉は恐る恐る近づいた。
「この機を逃す手はない。よくよく観察しておかねば」
 細かく動く小さな背中越しに、童子の手元を見おろした。
「どこでこの技術を習得したのだ……。これなら一生食うのに困らないであろうな」
 勘吉の言葉はお構いなしに、童子は傘を乾燥させる工程まで進めると、こちらを振り返った。
「……」
 子どもとは思えない強い眼差しを浴びせて、童子は歩いて戸口から出て行った。
「……」
 勘吉は、足元の傘を拾い上げた。
「また、礼を言うのを忘れてしまったな」
 出来たてのそれを回し眺めていると、その柄に目が留まった。小さく傘が描かれている。それも長く連なるように、輪を描くように繫がっている。勘吉はなぜか、微笑まずにはいられなかった。

「まあ、おまえさん。今朝はずいぶん早起きですね」
 着物を整えながら、お松が作業場にやって来た。
「何を言っている。とっくにお天道様は昇っているぞ。ほら、お客さんがいらっしゃる。早く支度を終わらせて、店先でお迎えするんだ」
「ええ、はい。……何かあったのかしら」
 張り切っている夫を不思議がりながら、お松は表へ出て行った。
「いいぞ、この感じだな」
 勘吉が順に糊付けしたところから、鮮やかな色の花柄が顔を覗かせていた。

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