小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

 二人の店には、いつも絵日傘が並んでいる。毎朝一つ一つ丁寧に作られた物だ。噂を聞きつけた多くの若い娘が買いに訪れて、口伝で広まったのか時々遠方からの客も見るようになった。もう傘を作るのにも食べ物にも、困ることはなくなった。
「まとめて四本注文したいのだが、出来るかい」
「ええ。早急に作ります」
「あの絵日傘を頼むよ」
「わかりました」
 お松はせかせかと忙しそうに、だが楽しそうに、客に茶を運んでいる。
 店内にいる父を待っているのか、表の通りに立つ幼い娘の姿を勘吉は目にした。
「旦那。娘さんに傘を新調してあげるんですか? それなら、子ども用に柄も変えて絵日傘をお作りしますよ」
 気を遣って提案したのだが、男は怪訝そうな顔で答えただけだった。
「うちには二十歳前後の娘がいるだけなのでね。孫はまだいないし、遠慮しておこう」
「えっ、でも表に……」
 そう言って店先に飛びだしてみたが、幼い子どもはどこにもいなかった。
「お松。女の子が店に来なかったか?」
「いえ、わたしは見ていませんよ。走り去る足音は聞こえましたけど」
 勘吉は少し考えたが、客に呼ばれてその子どものことは頭から抜けてしまった。
 それからも店は繁盛し、二人は幸せに暮らし続けた。

1 2 3 4 5 6 7 8