「いいから、お松はあっちに行っておれ」
「はいはい、分かりました」
茶の入った湯呑みだけ置いて、お松は奥に下がった。
一晩のうちに立派な絵日傘を作ったあの童子は、あれから姿を見せなくなった。
「いずれいなくなってしまうのなら、手解きをしてもらうべきだったな」
「おまえさんにだって出来ますよ。たしかに、あの子の絵日傘はいつも素晴らしい物でしたけれど」
と、この場にいないはずのお松の声が聞こえた気がして、勘吉は頭を軽く叩いた。
「……何としても成功させねば」
苦い茶を、より苦い顔をして啜った。
勘吉は毎日、絵日傘を作り続けた。
「少し花の形が歪んでいます」
「これは、色が暗すぎます」
「なんとなく、どこか違うような」
「……そうか」
良し悪しをお松に見てもらいながら、勘吉は試行錯誤を重ねていった。
「違う、どれも違うな」
がっくりと肩を落とし、ついに勘吉は箆を投げだしてしまった。
「根を詰めてやっていては捗りませんよ」
「ああ、そうだな。大人しく、今夜は早く寝るとするか」
その晩、勘吉は厠に行くのに目が覚めた。
「ふう。これでもうしばらくは眠れるな」
そう呟いて寝床に戻ろうとした時、かたんっと何かが落ちる音を耳にした。
「ん?」
不審に思いながら、勘吉は暖簾をあげ作業場を覗きこんだ。
そこには見覚えのある童子が、これまた作った覚えのある小さな傘を差して一人で立っていた。驚きのあまり「ひっ」と情けない声を出した口を押さえる。
「……」