「信じられませんね」
「ああ」
一寸のずれもない玄人顔負けの素晴らしい出来であった。こちらが呆気にとられているうちに、十才ほどの子どもが紙や竹を傘に変えてしまったのだ。思いがけない正体に恐怖よりも驚きが勝っていて、二人はまもなく布団に戻ったが寝付けず、互いに黙ったまま朝が来るのを待っていた。
童子が作った傘のおかげで女子を中心に客が増え、そのまま売上は伸びていった。
「ねえ、おまえさん。わたし、あの子にお礼をしたいんです」
「お礼?」
「はい。今のわたしたちがあるのは、ひとえにあの子のおかげですから。直接話が出来ないのなら、何か形になるものを渡したくて」
「ふむ。……では、子ども用の傘を作ってみよう。どんな柄にしてやろうか」
勘吉は言葉通り、小さな傘を作った。青や赤、橙や白を組み合わせて、手鞠や独楽、竹馬や羽子を描いた。一方でお松は、小豆飯と味噌汁を拵えた。
店を閉めて夜が訪れてから、勘吉は作業場に和紙と竹ではなく小さな絵日傘を、お松は熱々の料理をその傍に置いた。そして二人は再び暖簾の陰に身を潜め様子を窺うことにした。
やがてあの童子がどこからともなくやってきたが、いつもと違う光景を前にしばらく立ちつくしていた。果たして気に入ってもらえるのか。そこばかりが心配だったが、童子がゆっくりと傘を差して、賑やかな柄を見上げながらくるくると回し始めた時には安堵していた。その場で飛んだり跳ねたり嬉しそうにしているのを見守る頃には、まるで我が子を眺めているような不思議な気持ちになっていた。傍らの料理にも気づいたようで、傘を肩で上手く支えたままむしゃむしゃと夢中で食べ始めたことも勘吉とお松を喜ばせた。そしてきれいに完食した途端に、童子は戸口から出て行ってしまった。
「おまえさん、少しお休みになったらいかがです?」
「いや、まだやる」
勘吉は手元から目を離すことなく返事をした。
「おまえさんに体を壊されては、元も子もないというのに」
「今ここで仕事を怠けては、あの子に合わせる顔がないだろう」
「怠けた姿など、これまで見たことがありませんけれど」