小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

 作業場を隈なく探してみたが、特に何かが無くなったわけではない。しかし、何者かが人様の店の物を、奉公人でもないのに親切に作ってくれていたことは疑念を募らせた。しかも主人が寝ている一晩の間に。だがその疑念も、突然現れた美しい傘を手に取った時には和らいでしまった。糊付けはしっかりとされていて、油引きも申し分ない。柄は白と赤の紙を組み合わせ、数輪の牡丹を描いている。この店では作ったことのない「絵日傘」だった。 
 そこでふと、昨夜のことを思いだしお松を呼んだ。朝食の支度をしていたのか、野菜を抱えたままやって来た。
「どうかしましたか」
「これを見てくれ」
 夫の手に握られている傘を見て、お松はすぐに嬉しそうな顔をした。
「まあおまえさん、新しい傘をお作りになったのですね」
「なんだ、お松がやったんじゃないのか」
「いいえ」
 お松は不思議そうに首を傾げている。
「昨晩、おれに話しかけてからは」
「そんなことはしておりません。おまえさんがもう寝ているのに気づいて、わたしも目を閉じてしまいました」
「そうか……」
 お松も違うのなら、では一体誰が。
「それにしても、きれいな牡丹でございますね」

 その牡丹柄の傘は、驚くほど早く売れてしまった。経緯は分からずじまいだが、ともかく売り物と一緒に店先に並べておいたのだ。すると最初に通りかかった男が一目惚れしたようで即決した。
「素晴らしい傘だな。うちの娘に買っていこう」
「いえいえ。御代は頂けません。どうぞお持ちになってください。その……譲ってもらっただけの傘ですので」
「何を言う。このような品に対価を払わぬなど、盗んだと思われてしまうではないか」
 と、二倍の額の銭を払った。絵日傘を手にした男は満足そうに頷いて、足取り軽く去っていった。
「心苦しい気がするが、あれで良かったのだろうか」
「あの方の娘さんが喜んでくださるなら、良いのではないですか」

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