小説

『童子と傘』花乃静月(『小人と靴屋』)

 売れ残りの傘を尻目に、作業場に腰を下ろした。簡素な工具箱から、箆と剃刀と手繰りがんなを取りだす。父の代から共に歩んできた相方を手入れするのが、毎晩の習慣であった。それに続いて、翌朝のために材料も用意しておくのだが、和紙を掴んだところで勘吉は手を止めた。恐る恐る紙を取りだしてみれば、あと一傘ぶんを作る量しか残っていない。慌てて他の物を確認すると、竹と轆轤、はじきもあと僅か。
「油や糊、染料や糸はまだなんとかなるな」
 しかし傘を形作る大本の材料が揃わぬ以上、作業を続けるのは困難だった。だからといって、すべてを買い足せるほどの銭も持っていない。ちらっと視線を上げれば、箒を手に店内を歩き回る細い背中は、この危機にはまだ気づいていないようだった。どうしようもなくなって、勘吉は一人、小さく溜息を吐いた。
「あら、雨が」
 お松の声に続くように、雨音が耳に届いた。
「時期が悪いなんて言ったから、聞き届けてくれたんですね」

 細々と二人で食事を済ませ、その晩は揃って床に就いた。
「おまえさん」
 勘吉は、ようやく眠りに落ちようとしているところでお松の声を聞いた。
「明日もお客さんいらっしゃるかしら」
「来るさ、きっと。だから、最後に立派な傘を作るんだ」
 その後もお松がぶつぶつと喋っているのが聞こえたが、否応なしに勘吉の意識は遠のいていった。

 朝は瞬く間にやってきて、二人は同じ頃に目を覚ました。寝覚めが悪いお松を置いて、勘吉は先に布団から出る。支度をしながら考えていたのは、他でもない今後のことであった。
「これからどうしていこうか……。傘を作れなければ、店を畳むしかないだろうが。受け継いできたこの傘屋を――いやそれよりも、お松を養っていかねばならぬのに。ああ、どうしたものか」
 不安な思いはいつの間にか声となって発せられていたことに、勘吉ははっと気がついた。やや上の空なまま普段通りに作業場にやって来た時、不自然な風景に思わず足が止まった。和紙と竹を用意しておいたはずのところに、一本の傘が開いたままぽつんと置かれている。その近くには使用した痕跡のある糊と、切りとられた紙、削られた竹が散らかっていた。
「まさか、盗人かっ」

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