小説

『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)

「ああ、木原も優雅な独身貴族を卒業して、これからは人並みの苦労を味わうのか、ふふ、いい気味だな」
 他の仲間達の反応も、だいたい同じようなものだった。
 少しばかりのやっかみとからかい、そして、自分達も年をとった 
ものだ、といういくばくかのせつなさ。
 けれど、最初にも言った通り、私達は決して彼の不幸を望んだわけではなかった。
「いよいよ木原も、俺達の側にやってくるということか」
 私達は、親しみを込めて笑い合った。
 しかし、私は心の底で、こんなふうにも思っていた。
 もしかしたら、木原は本当に見つけたのかも知れない、と。
 トロフィー・ワイフ。
 木原のことだ。あの男なら、彼の厳しい条件をすべてクリアした理想の女性を見つけられたのかもしれない。
 私は一刻も早く、彼の妻となる女性に会ってみたいものだと思った。それは純粋な好奇心からの望みだった。
 そして、その望みは、木原から電話をもらってから3か月後、私がまったく予期していなかったかたちで実現した。
 彼の自宅に近い港区の所轄警察署の寺田という刑事から、私は電話を受けた。木原の妻、木原美沙子という女性が私を呼んで欲しいと言っているので、来てもらえないかという電話だった。
 警察署に行ってみると、3日前から木原の行方がわからないのだと知らされた。
 寺田刑事は、
「木原さんのお母様と奥様にうかがいましたら、木原さんの一番親しい友人はあなただということで、お話をうかがえればと、お呼び立てしたわけです」と、言った。
「はあ、確かに木原とは親しくしていますが、行方がわからないというのは、どういうことなんでしょうか」
「それがですね、奥さんの話によると、旅行の準備をした様子もなく、パスポートやクルマは家に置きっ放しで、いつも通り出勤し、それきり行方がわからないと言うのです」
「では、事故か事件に巻き込まれた、とか」
「もちろん、その可能性を視野に入れて、捜査を進めています。でも、親しい友人のところに身を寄せている、ということもありますからね」
 ああ、それで、と、私は自分が呼ばれた理由がわかった。
「残念ながら、私の所には来ていません。他の友人にも聞いてみます」

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