小説

『おばあちゃんと少年』升田尚宏(『ごんぎつね』)

「・・・あっ・・・ええ・・・。」
と、少年は堪忍したような小さな声で応えました。山間の穏やかな日差しがおばあちゃんの畑に注ぎ込みました。おばあちゃんは少年に、ハサミの使い方や野菜の収穫の仕方を一つ一つ教えました。
「あんた、いくつじゃ?年の頃は・・・。」
「・・・一四・・・。」
「ほお、そおか…ええのお、これから楽しいことが一杯ある…。」
「楽しいこと?」
 少年は不思議な気持ちになって聞きました。
「あるよ。生きてて良かったと思える瞬間が。どうじゃ?野菜を採るのも難しいじゃろ?」
「あっ…ええ。切るの…難しいです…ただ、こんなに大きなキュウリ…初めてで…。」
「採れるまで…毎日毎日、子供を育てるように育てるんじゃよ…心をこめて。」
 少年は心の中で叫びました。「この婆さんは、やはりボケているのだ!」考えれば考えるほど少年は恐ろしくなってきました。太陽は西に傾き、少年の油のような汗を照らし始めました。畑仕事も終わりに近づきました。
「キュウリ、持って帰りんしゃい。」
「あ・・・ええ…。」
「また明日いらっしゃい。野菜を作るのは楽しいじゃろ?作り方…教えてあげる…。」
 おばあちゃんは満面の笑みを少年に向けていました。少年は益々怖くなり、山の中に走り去ってしまいました。   

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