小説

『縁日の怪人』小笠原幹夫(江戸川乱歩『少年探偵団』)

 すると箱庭売りのおじさんは、杉男の気持ちを見すかすように、「この遠目とおめがねをのぞくと、実物と同じ大きさにみえるんだよ」と言いながら、古ぼけた天体望遠鏡を杉男の目の前に突き出しました。杉男はこれさいわいとそのレンズをのぞき込みました。ところが、おじさんは望遠鏡をさかさまにして大きなレンズのほうを杉男の目の前にさしだしていましたので、のぞいてみると、箱庭は実物と同じどころか、逆にみるみる小さくなっていき、杉男は「アーッ」と叫んで、たちまち箱庭の中に溶け込んでしまいました。
 気がつくと、杉男は箱庭の中を歩いていました。動いているとみえた人形は、やっぱりみわ子さんでした。しかし、いくら歩いても箱庭の中にはべつに出口というものはありません。なんとか早く、おじさんの悪だくみをまわりに知らせたいと思いましたが、どうしていいかわかりません。
 そのうちに見物の子供たちもふえていって、杉男が箱庭の外をうかがうと、こんどはやはり同じクラス友達の清一が、箱庭の中の杉男たちに気づいたとみえて、さっきと同じように、おじさんの差し出す望遠鏡のレンズをのぞこうとしています。杉男はびっくりして、おもわず、「オーイ、遠目がねをさかさまにのぞいちゃダメだぞーお」と大声で叫ぶと、はげしく手を振りました。
 清一は、しばらくは何のことだかわからず、けげんそうにこちらをうかがっていましたが、クラス委員をつとめるくらい頭のいい子ですから、その意味をさとって、レンズから目を離すと、まわりの子供たちを呼び集めました。
 おじさんは悪だくみがばれたとさとり、そろそろと帰りじたくをはじめ、リヤカーに箱庭を積むと、リヤカーにつけた黒くて頑丈なサイのような感じの自転車にまたがりました。
 子供たちは「おーい、みわ子さんと杉男が箱庭の中にとじこめられてるぞう」と、口ぐちに叫びながら追いかけて行きます。男の子たちは、いま買ったばかりのキビガラ鉄砲をかまえると、「人さらいだあ」「鬼ィ!」「悪魔!」と言いながら、おじさんの、ぼんのくぼのあたりをねらってポンポンと弾を打ちます。そのうちに一人がリヤカーのうしろに取りすがって、引きずられながら車を止めます。これはかなわないと、おじさんはリヤカーも荷物もそこに打ち捨てて、全速力でペダルを踏んで逃げ去っていきました。
 これで杉男とみわ子さんは人さらいの魔の手からのがれましたが、二人が小人のままでは事件は解決しません。清一たちはしばらく、とほうにくれて見ていましたが、やがて二人はムクムクと大きくなり、友人たちのかたわらに、すっくりと立ちあがりました。小人になったのは、怪人が魔法をかけて箱庭の中にとじ込めていたからであって、怪人が遠くに逃げ去ったので通力つうりきがとけて、もとのからだにもどったのです。とはいうものの、このまま怪人が野ばなしになっていたのでは、いつまたクラス友達がさらわれるかわかりません。そこで子供たちは、この事件を交番にとどけようと相談がまとまりました。

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