小説

『浦島先輩と太郎』大前粟生(『浦島太郎』)

 俺たちは岸辺にくる前におでんを食べていた。でも、浦島先輩がおでんを食べたいといっている。だれも浦島先輩には逆らえない。
 浦島先輩が手に持ったおでんのカップにはちくわだけが、つまようじのようにぎっしりと入っている。浦島先輩はちくわをストロー代わりにしておでんの出汁を吸う。
「あっち! あっち!」浦島先輩が火傷した舌を俺たちに見せてくる。きたない。
「次の撮影って、いつだっけ?」
「えっと、明日っす」と俺たちが答えた。
 俺たちは浦島先輩のドキュメンタリー映画を撮っている。

「あのね、おじいちゃん。今日、俺たちね。亀を助けたんだよ」と家に帰ってから寝たきりのおじいちゃんにいうと、おじいちゃんは笑ったかもしれない。
 夜中、俺たちは太郎の家に忍び込んだ。

 次の日、俺たちは浦島先輩と〈竜宮城〉にいた。俺たちのなかのひとりの親がこの店を経営している。俺たちが構えたスマホに向かって浦島先輩は魚が泳ぐ水槽をバックにピースしている。金歯が光っている。そこにヒメが現れて浦島先輩とキスする。浦島先輩の彼女だ。
「おどれよ」と浦島先輩がいう。
「ヒメ、ぉどらなぃょ?」とヒメがいう。
 浦島先輩がヒメの肩を殴っておどらせる。水槽がいくつか割れる。
「おまえらも、おどれよ」
 俺たちがおどる。
「もっと魚みたいに」
 もっと魚みたいにおどる。
 俺たちは浦島先輩を排除したい。
「飽きたわ。映画」浦島先輩がいう。
「じゃあ、もう、ラストいきますか」
「ラスト?」

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