「まあ、まあ、そんな大げさな。年寄りだから仕方ないんだよ。ところでおにいさん、きょうは何をしてたんだい?」
男は急に目を輝かせた。
「聞いてくれるかい? 僕の物語を」
それから延々半時間も男はきょうあった出来事を話し続けた。
「……というわけなんだ。どう思う?」
オオカミは驚いていた。この世界にこれほど自由に生きている者がいるとは思ってもみなかった。皆、決められたとおりに行動しているのだとばかり思っていた。オオカミは感動さえ覚えていた。
――こんな生き方があるんだ……
「これから、あんたはどうするつもりだい?」オオカミは尋ねた。
途端に男は暗い顔をした。
「さあ、そこなんだよ。どうするべきか……。最初は自由は素晴らしいことだと思ったんだけどね、だんだん不安になってきたんだ。これからどうなるかまったくわからないしね。ねえ、おばあさん、僕はこれからどうしたらいいと思う?」
どうしたらいい? オオカミは行動に自由などというものがあるとは思っていなかったから、まったく戸惑ってしまった。男は透き通るような青い目でオオカミを見つめている。オオカミは自分のことばがこの男のこれからの行動になにかしら影響を与えるかもしれないと思うと、恐ろしいような気がする反面、喜びも感じていた。これまでのオオカミの生き方は、ただ同じことの繰り返しだった。その生き方に何の疑問も感じることはなかった。別の生き方があるなどとは一度も思ったことはなかった。けれども、ここにそれを体現した者がいる。ひょっとして自分にもそんなことができるのだろうか? 自由――なんて甘美な響きなんだ。
オオカミはこの男とのやりとりで、すでに台本のない世界の素晴らしさを感じていた。これは初めての感覚だった。あれやこれやと知恵を絞り、臨機応変に対応する――それは恐ろしいことでもあるが、達成したときには何事にもかえがたい満足感がある。まるで生きているみたいに……
オオカミは、はっとした。ひょっとして自分はこれまで「生きて」はいなかったのかもしれない。何も考えずに同じことを繰り返すばかりで、生きているふりをしていただけかもしれない。生きるとは自由に行動することと同義かもしれない……
オオカミは、戸惑い顔の男の顔を見、そして言った。
「あんたが、思うがままに行動したらいいよ」