小説

『彷徨えるプリンス』上田未来(『白雪姫』『赤ずきん』『ヘンゼルとグレーテル』)

 ――誰かが籠から出してくれないかぎりは。
 その瞬間、ひょっとして、その誰かに自分はなれるかもしれない、と王子は思った。
 もし自分がこの物語からいなくなれば、彼女たちは自由に大空に羽ばたくことができるかもしれないではないか。人生を模索して新しい幸せを掴めるかもしれないではないか。
 若干気がかりなのは、白雪姫のことだった。王子は白雪姫を生き返らせる役回りなのだ。王子がいなくなれば白雪姫は死んでしまう可能性がある。
 ――いや、待てよ。
 白雪姫のまわりには小人たちがいる。彼らにも白雪姫は必要だろう。身の回りの世話を白雪姫にしてもらっていたのだから。ということは、王子が来なければ、小人たちは、白雪姫が仮死状態になっている原因を自分たちで突き止めるかもしれない。
 そうだ、その可能性は大いにあり得る、と王子は思った。
 彼らは小さいとはいえ、七人もいるのだ。
 王子は手綱を軽く引き寄せると、馬を停めた。馬をおりると道の横の繁みを眺めた。葉が密集していて先は見通せない。この先に何があるのかまったくわからなかった。きっと誰も入ったことのない場所なのだ。前キャラクター未踏の場所だ。
 王子が馬の尻をぽんと叩くと、白馬は少し戸惑いながらも小道を前進し始めた。振り返って王子を見る。
「行っていいんだよ。好きなところにお行き」
 それでも馬は振り返り振り返りしながらとぼとぼと常足で進んだ。やがて白馬は駆け出し、王子の視界から消えていった。
 王子は横の繁みに足を踏み入れ、新しい世界へと入っていった。これからは自分が主人公だ。
 新しい世界は、痛かった。身体じゅうに棘のようなものが突き刺さり、堅い枝がシルクの服を引き裂く。何もかもが彼の行く手を拒むかのようだった。
 それでも王子は繁みのなかをゆっくりとしかし確実に進んでいった。これからの将来に希望と同時に恐怖を覚えながら。

 しばらく歩き続けると、目の前に開けたところが見えてきた。その向こうに小さな家が見える。カラフルな家だ。王子はその家のほうへと歩いていった。

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