オオカミは目を大きく見開いて、男に自分の顔をよく見せた。
「そうだなあ、目が恐いね」
「……そうじゃなくて、目の大きさは?」
男は顔をしかめた。
「また、それかい。思いっきり見開いてるね」
――まあ、いいか。
「それはね、お前の顔をよく見るためだよ」
男はますます顔をしかめた。
「どうして? 僕を見たことがあるの?」
「いや……それはないけど……とにかく、お前の顔をよく見たいんだよ」
「ふーん」
オオカミはこのときほど赤ずきんの存在意義を強く感じたことはなかった。いつも舌足らずなどんくさい女だとばかり思っていたが、あれほど気の利いた女はいない。いつも筋書通りにしゃべってくれるのだから。
今度はオオカミは口を大きく開いた。
「じゃあ、口はどう思う」
「うーん」と男は覗き込むようにオオカミの口を見た。
「歯がとがってるね」
「……ほかには?」
「どうかな……独特な形をしてるよね」
独特なのはどうでもいいんだ。大きさのことをいえ、大きさのことを。オオカミは最後の台詞のやりとりだけは完璧にしたかった。最後はなんとか持ち直したい。終わりよければすべてよしだ。
「よく見ておくれよ。ほら」さらに口を大きく開く。
男はさらに顔を近づけて、
「う、くさっ。おばあさん、口臭がきついね。何を食べたんだい?」
おばあさんを食べた、と言えるはずもなかった。……仕方ない。少し、時間を置くか。オオカミは世間話でもしながら、次なる作戦を考えようと思った。