この場面ではいつもきまって胃が気持ち悪い。そもそも人を丸のみにするなんて、消化に悪いに決まっている。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、仕方なかった。これが筋書きなのだから。
オオカミは天井を眺めながら、これからの自分の行動について考えた。
もうすぐここへお見舞いのバスケットをさげた赤ずきんがやってくる。彼女はオオカミに向かってこう言う。ねえ、おばあさん、おばあさんの耳はなんでそんなに大きいの? そこでオオカミはこう答える。それはね、お前の話をよく聞くためだよ。次に赤ずきんはこう尋ねる。ねえ、おばあさん、おばあさんの目はなんでそんなに大きいの? オオカミはこう答える。それはね、お前の可愛い顔をよく見るためだよ。最後に赤ずきんはこう訊いてくる。ねえ、おばあさん、おばあさんの口はなんでそんなに大きいの? そこでオオカミは低い声に切り替えてこう答える。それはね、お前を食べるためだよ。そしてオオカミはパクリと赤ずきんを飲み込む。服を着たまま、丸のみ。これがこの物語の筋書きだった。
オオカミは、うんざりしてきた。すでに人ひとりを飲み込んでいるのに、もうひとり飲み込むなんてあり得ない。しかも咀嚼なしだなんて……
そのとき、ドアを叩く音がした。
「だれだい」
慌ててオオカミはおばあさんの声色をまねた。いつもより赤ずきんの来る時間が早い気がする。
「あのー、王子ですが、お見舞いの品を持ってきました」
王子? オオカミは自分の耳を疑った。王子? 誰? オオカミは当然のように、この場面では少し鼻にかかった、舌足らずな、赤ずきんの声を予想していたのだ。それが……
「もしもし、入りますよ」
入ってきたのはカールしたブロンドの髪を持つハンサムな青年だった。水色のシルクシャツに金の肩章と金のボタン、臙脂のパンツには金色の刺繍がほどこされている――いままでに見たこともない人間だった。
いったいどうなっているんだ? 赤ずきんは?
男はつかつかと部屋の中に入って来た。
「あんたがおばあさんかい? これは病気のお見舞いの品だよ」
王子はナイトテーブルにワインの壜とパンが入ったバスケットを置くと、部屋を見廻した。
「素敵な部屋だね。これが庶民の部屋なんだ」
オオカミは動揺しながら尋ねた。
「赤ずきんはどうしたんだい?」