「ほんとうに?」女の子は眼を大きく見開いた。
王子は自分が来た方向を指差した。
「ここを真っ直ぐに行ったところにあるよ。僕はその傍を通ってきたんだ」
女の子は王子が指差したほうをじっと見つめた。爪先立ちして遠くを見ようをしている。
「あの丘の向こうだよ。行ってごらんよ。家じゅう食べられるんだよ」
女の子が王子の顔を見た。
「でも、わたし、しないといけないことがあるの」
「しないといけないことって?」
女の子がバスケットに眼を落とし、暗い顔をつくった。
「これをね、おばあさんのところに持っていかないといけないの。おばあさんはね、病気で寝てるの」
「そうなんだ。それは残念だね。……そうだ。僕が代わりに持っていってあげようか? そのあいだに君はお菓子の家に行ってきたらいいよ」
「いいの?」
「もちろんだよ。僕たちには自由に行動する権利があるんだ」
「権利?」
「まあ、うまく説明できないけど、とにかく行ってみたいんなら行ったほうがいいってことだよ」
「ふーん」
女の子は目の玉を器用に左右に動かした。それを何往復か続ける。どうやら考えているらしい。
すっと、女の子がバスケットを前に出した。
「じゃあ、お願い」
王子はバスケットを掴んだ。
「おばあさんの家はどこにあるの?」
「えっとね、この道をまーっすぐにいったところ」
そう言うや否や、女の子は王子が指差したほうに向かって駆けだした。
オオカミは、おばあさんの天蓋つきのベッドに横になり、おばあさんの扮装をして待っていた。口元まで布団を引き上げ、ナイトキャップは深めに被っている。オオカミは毎度、この場面が嫌だった。おばあさんを丸のみしたあと、赤ずきんを待つ場面だ。