男は目を輝かせた。
「ほんとうにそれでいいと思うかい?」
オオカミはゆっくりと頷いた。
「ああ、それでいいと思うよ。どうなったとしても自分の人生を生きられるんだ。素晴らしいじゃないか」
オオカミは、本心からそう言った。そして自分にもそれができるのではないかと思い始めていた。そう思うといてもたってもいられない気持ちになった。いますぐ森へ行って走り回りたい。いままでだってやろうと思えばできたことなのだが、けっしてできなかった。それは気づいていなかったからだ。つまり、新しい行動には「気づき」が必要なのだ。それをこの男が与えてくれたのだ。
「街へお行きよ。どの街だっていい。あんたの好きなように生きるんだ。好きなように生きていれば誰かが『気づき』をくれるかもしれない」
「気づきって?」
「まあ、とにかく、あんたの生き方はあんたが決めるべきなんだよ。どうなろうともね」
言った後にオオカミは口を横いっぱいに広げてにっこり微笑んだ。
「ありがとう。そうするよ。これからは自由に生きてみるよ。自由って、ほんとうに素晴らしいことのように思えてきたよ」
それから男はオオカミの顔をしげしげと見つめた。
「気づきといえば、いま気づいたけど、おばあさんの口はとっても大きいね。どうしてそんなに大きいんだい?」
「……」
オオカミは一気に暗い気持ちになった。なぜこのタイミングでそれを口にする?
オオカミは次第に体がむずむずしてくるのを感じた。こんなことは言いたくなかったが、轍のように脳裏に深く刻まれた経験が、オオカミの意に反して、大きな口にこう言わせた。
「……それはね、お前を食べるためだよ……」
「え? いまなんて言ったの?」男が聞き返す。
オオカミはそれには答えなかった。オオカミは急速に自由に行動することなど、どうでもいいことのように思えてきた。いまからすることはどうしてもしなければいけないことのような気がしてきた。自由が素晴らしいのは、はっきりとわかったのだが、それさえ遠い記憶のように感じる。「気づき」に関する考察もどうでもいいように思えてきた。
オオカミは口を大きく開いた。そして驚いた顔をする男を一口で飲み込んだ。
素晴らしいかどうかは別にして、これはこれで、それなりに達成感が得られることだった。そのうえ、落ち着いた気分にもなる。
そのままオオカミは筋書き通り、ベッドに横たわって眠りにつくのだった。