小説

『手長足長の子細を語りたること』木江恭(『妖怪・手長足長の伝承』 『童謡かごめかごめ』『賢者の贈り物(O.ヘンリー)』)

 そうして無理を重ねたのがいけなかったのかもしれない。
 亀助は、崖のてっぺんで足を滑らせた。
 咄嗟に亀助は、おつるを突き飛ばした。足の不自由なおつるは可哀想に、硬い石ころだらけの道に投げ出されたわけだが、おかげで転落は免れた。
 亀助さん、と叫ぶおつるの目の前で、亀助はぽっかりと口を空けた深い谷に飲み込まれていった。
 おつるは呆然とした。己が追われる身であることも忘れて、亀助の名を何度も呼んだ。
 自分なんかに心を寄せたせいで。自分を逃がそうとしてくれたせいで、亀助は。
 嗚咽することさえ出来ず、ただおつるは涙を流した。
 その頬を、そっと拭う者があった。
 娘っ子よ、何を泣いておるのだ?
 見れば、それは異形の老人だった。頭はつるりと縦に長く、地面に届くほど長い髭を蓄えている。一本歯の高下駄を履き、山伏のような格好をしていたが、闇夜に爛々と光る目は老人が人間ではないことを告げていた。しかし、おつるを見るその表情は優しかった。
 おつるは、己が足抜けした遊女であること、自分を連れ出してくれた男が足を滑らせて崖から落ちてしまったことを話した。老人はふむふむと髭をしごき、おつるの細った脚に目を留めた。
 ここで出会ったのも何かの縁だ、と老人は言った。その動かない脚を治してやろう。そうすれば、自力で山道を越え、逃げ切ることも出来るだろう、と。
 おつるは首を横に振り、それよりも、谷に落ちた亀助を助けてくれるよう頼んだ。
 老人は、困り顔で出来ぬと言った。人の生き死にに直接関わることは、山の掟に反するのだという。
 ならば、とおつるは背筋を正した。
 妖のご老人、脚はこのままで構いんせん。それより、わっちのこの腕を長く伸ばしておくんなんし。わっちはあの人を置いてはいけんせん。
 老人は目をぱちくりさせたあと、にやりと笑った。
 長くって、どれくらい長くして欲しいンだい?
 とても長く、とおつるは答えた。崖の底に落ちたあの人を、ここまで引き上げられるくらい長ぁく。
 そんな体になっちまって、この先どうやって生きていくつもりなンだい?

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