小説

『手長足長の子細を語りたること』木江恭(『妖怪・手長足長の伝承』 『童謡かごめかごめ』『賢者の贈り物(O.ヘンリー)』)

 何より、顔中が皺に覆われて目鼻すらも判然としない異様な姿から、老人がただの人間でないことは明らかだった。
ここで行き会ったのも何かの縁であろう、と老人は顔を歪めた。どうやら、笑っているらしかった。
 何もかもすっかり治してやるわけにはいかぬが、その脚をどうにか歩けるようにしてやることはできるぞ、どうだ。
 脚と言われて、亀助が真っ先に思い出したのはおつるのことだった。
 おれのことはよい、と、亀助は喘ぎながら答えた。
 おつるを助けてやってくれ。この暗い森の中、自由の利かぬ体で放り出された可哀想なおつるを。
 おつる、と老人は首を傾げた。
 亀助は、足抜けした遊女を連れて逃げてきたことを説明した。おつるは歩けないので、このままでは追っ手に捕らえられてしまう、どうかその前に助けてやってくれと。
 女、女、と老人は呟いた。そういえば、何やら屈強な連中が女を引きずって麓へ帰っていくのを見たのう。
 それを聞いて、亀助の背筋はぞっと冷たくなった。
 亀助がもう少し冷静であれば、老人が目撃したというその女がおつるとは限らないということに気付けたかもしれない。しかし、怪我の痛みで意識が朦朧とし、その上おつるを案じて気が気でなかった亀助に、その余裕はなかった。
 亀助は老人に言った。
 おれの脚を治してくれ。麓の町まで一息で辿り着けるようにしてくれ。おつるを連れて、速く遠くまで逃げられる脚にしてくれ!
 老人は答える。そうなれば、もはやおぬしは人ではない、異形の仲間と化す。そんな体で、おぬしはこれからどうするつもりだ。
 亀助は即答した。
 おれのことなどどうでもよい。おつるを逃がすことが出来ればそれでよい。
 女に利用され、騙されているとは思わんのか、きっと用済みになれば女に捨てられるぞ。
 老人は意地悪く尋ねたが、亀助の決意は揺るがなかった。
 騙されてなどおらぬ。何故なら、おつるはおれに何も約束しないからだ。それに、おれも何も望まない。おつるが幸せになること、それ以外は。
 老人は不意に大きく仰け反り、おうおうと吠えた。山彦のようなそれは、老人の笑い声だった。
 気に入った。形は冴えぬ小僧だが、その心や天晴れ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11