とにかく、おつるの父親は亀助を店から追い出し、二人を別れさせた。
だが、引き裂かれれば引き裂かれるほど燃え上がるのが若い恋だ。二人はおつるの両親の目を盗んで逢引を重ね、ついに駆け落ちを決意した。
月のない真っ暗な夜、おつるは屋敷を抜け出し、亀助とともに峠を目指した。何せ昔のことだ、街灯も懐中電灯もない。それに明かりなぞ持っていては居場所がばれてしまう。二人は手に手を取り合って、真っ暗闇を掻き分けた。
最初の一刻ばかりはよかったのさ。おつるは健気に足の痛みを堪えて歩いたし、亀助もおつるを気遣って励ました。しかし、進んでも進んでも終わりのない深い闇に、だんだん二人の気持ちは沈み、ささくれ立っていく。おつるは足が痛い、露に濡れた着物が重いと泣き言を垂れ始める。亀助は何とかそれを宥めすかして山道を歩かせるが、亀助だってまだ若造だ。明かりのない夜は心細く、山歩きに慣れているわけでもない。どんどん不機嫌になっていく男の態度に、おつるはとうとう泣き始めた。
こんな筈じゃなかった、うちに帰りたい。
その場に座り込んで駄々をこね、一歩も歩きだそうとしない。亀助だってもう散々な気持ちだったろうが、今更引き返すわけにもいかなかった。亀助は苛立ちながら、仕方なくおつるを背中に負って歩き出した。
使用人といっても亀助は主に帳場を受け持っていた――つまり、金勘定ばかりしていたってことさ。だから力仕事なんかてんで受け付けない。なまっ白く細い腕で、小柄な娘とはいえ人一人担ぐのはひどく堪えた。おまけに当の娘は感謝するでもなく、嫌だ嫌だとぐずぐず泣くばかり。若い熱情はもうすっかり冷め切って、亀助はただ惰性で足を運んだ。
そのときだ。不意に周りの茂みががさがさと鳴って、亀助は咄嗟に木の陰に身を隠した。
ほどなくして、屈強な男たちがぞろぞろと現れた。亀助よりふた回りも太い腕に木刀や刺股をぶら下げて、用心深い目つきで辺りを睨みつけながら歩いていく。
悲鳴をあげそうになるおつるの口を押さえつけ、亀助は男たちの会話に耳をそばだてた。こいつらは、おつるの両親が遣った追っ手に違いないと考えたからだ。
亀助の考えは当たっていた。おつるの両親は、おつるを連れ戻したやつには報奨金を出すと言って、町中のごろつきややくざまで抱き込み、夜中山狩りをさせていたのさ。
しかも、連れ戻して金が手に入るのはおつるの方だけ――男の方は生き死に問わずとされているのを聞いて、亀助は真っ青になった。