おぬしの願いを叶えよう!
不意に両脚に激痛が走り、亀助の気は遠くなった。
気が付くと、老人の姿はすでにない。そして血まみれだった脚は、逞しく伸びた竹のように、太く長く変わり果てていた。
亀助はすぐに起き上がり、走り始めた。長い脚のおかげで、亀助の頭は周りの木々と並ぶほどだった。耳元で風が轟々と唸りを上げる。常ならぬ高い視界に戸惑いながらも、亀助の足取りに迷いはない。脚以外の傷は治っていなかったが、痛みは何処かに消し飛んでいた。
おつる、おつる、すぐに助けてやるからな。
愛しい女の面影を胸に、亀助はその長い異形の脚を繰り、夢中で麓へ駆けた。
その後ろで、崖の上から降ろされた異形の手が、必死で誰かを探して彷徨っていることも知らずに。
おい、聞いているのか?
痛ってえ、だから髪を引っ張るなというのに。あんまり静かだから寝ちまったかと思って、ちと尻を叩いただけだろう。
ふん、こんな色気の無い尻を触られたくらいで大騒ぎするな。おれだって好きで触っているわけではない。おれの好みは女房の可愛い桃尻だけよ。
そもそも、おれは本当なら女房以外をこんな風に負ったりはしない主義なのだぞ。それを、女房がどうしても送ってやれと五月蝿いから、こうして仕方なくだなあ。
何だ、妙にしおらしくなって。
ああ、そうか――さっきのお話、結末が気に食わなかったのか。
なに、心配は無用だ。確かに遠回りはしたが、二人はきちんと再会できた。
言っただろう、テナガアシナガは、二人で一人前の妖怪だ。目撃されるときは必ず、アシナガがテナガを負っている。アシナガはテナガの脚になり、テナガはアシナガの手になり――二人はいつも一緒だ。
或いは、アシナガがいつもテナガの尻に敷かれているとも言うがな。
ほれ、山小屋が見えてきた。あそこまで行けばもう大丈夫だろう。
全く、こんな軽装で山に登りやがって。山を甘く見るから遭難なんかするのだぞ。