小説

『白雪くん』大前粟生(『白雪姫』)

「そんなことないよ。サキの方が低いよ」
「いやいやカオリだって。お姫さまだからって弱弱しいなんてだれが決めたの?」
「メグでしょそこは。なんていうかぶりっ子だし」
「えー、そんなことないよ。リサだよ。ほくろ、紋章っぽくない?」
「赤毛でつらい人生を送ってきていそうなアンだと思う」
「エリカ、髪が短いのが逆に姫っぽい」
 私たちは謙遜しあった。でも、本当は自分こそがお姫さまだと思っていた。他の六人よりも自分が一番きれいだと思っていた。それはもう絶対に思っていた。私がそう思っているということは他の六人も思っているということだから。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。私は白雪くんにキスしたい。
 このままでは拉致があかないので、私たちはそれぞれ作業現場に持っていくバックパックやハンドバッグやショルダーバッグやウエストポーチやトートバッグやボトルバッグやスポーツバッグから手鏡を取り出して聞いた。
「鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番美しいのはだれ?」

 ごめんね、遅くなっちゃって。彼氏も誘ったんだけどさ、パチンコがあたっちゃっていけなくなっちゃった、と緑ちゃんがいった。緑ちゃんのタトゥーはいじめる亀を助ける浦島太郎に変わっている。
「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ」と白雪くんがいった。
「この家、なんていうか丈夫そうだね」と黒田由紀ちゃんがいった。
 黒田由紀ちゃんもギャル友を連れてやってきている。今日はちょうど、白雪くんが家にきてから一年の記念日だから、お祝いをするのだ。私たちはみんな記念日が大好き。
「あれ、姫、声おかしくない?」
「うん。ちょっと、風邪ひいちゃって」
「どうしたの? ほっぺたのところ。なんか、ひび割れてるみたい」
「えっ、ほんとにー? ちょっと見てくるね」
 白雪くんはそういって洗面所に駆けていく。こういう、肌がぎこちなくなるということは僕はたくさん肌をいじっているからわりとよくあるのだと白雪くんのお父さんはこの前いっていたけど、彼はちゃんとそういうのに即効性のある注射を持ってきていて、頬に直接さしている。ほら、もう元通り。元通りの、この世で一番美しい人。この世。この世でしかない。本当の白雪くんには敵わない。本当の白雪くんはこの世で一番美しい人にキスをされてもついに生き返らなかった。童話のようにはうまくいかなかった。でも、私たちには白雪くんがもう必要不可欠だから、そのうち彼に声帯の手術も受けてもらわないと。

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