小説

『白雪くん』大前粟生(『白雪姫』)

「白雪くんのお父さんはきっと白雪くんの居場所をかぎつける。だれも家にいれないようにしてね」って結局サキは授業が終わったあと直接白雪くんにいった。
 それから何日か経ったある日、その日は現場も授業もない日で、私たちが家で腕立てふせしたり懸垂したりしていると、家のチャイムがなった。インターホンのカメラを見ると、しっちゃかめっちゃかなメイクをした宗教の勧誘のおばあさんみたいなおばあさんが立っていた。
「おしゃれものを見せてあげよう」とおばあさんはいった。
「え、なになに? おしゃれものってなに?」と白雪くんが家のなかから飛び出しておばあさんの前に立った。白雪くんは私たち以上にそういうものが好きだ。私たちはカメラ越しにふたりを見ていた。
「ほら、どれもおしゃれだろ」
 とおばあさんは絹糸をより合わせた紐を見せた。ほんとにきれいな紐、一見なんの変哲もない紐だけど、なんというかとてもおしゃれ、おしゃれとしかいいようがなくって、すっごいおしゃれ、と白雪くんはいってその紐を買った。
「つけてあげるよ。ほら、もっと近くによって」とおばあさんがいって、白雪くんをボンレスハムみたいにきりきりと締め上げたものだから、私たちは玄関へ駆けていった。
「ちょっと、なにしてんの!」とアンがいった。
「離しなよ。白雪くんが嫌がってる」とミカがいった。
 白雪くんはおばあさんに抱えられながら抵抗していたが、まるで駄々をこねる子どもみたいな抵抗だったから、一番推理力のあるカオリがいった。
「あの、ひょっとしてあなた、白雪くんのお父さんですか?」
「あ、はい。そうです。ええと、あなたたちは?」
 あ、ああ。どうもどうも。私たちは名刺交換するみたいに丁寧に自己紹介した。
 白雪くんの新しいお父さんがどうしておばあさんの格好をしていたかというと、それは「海外から取り寄せた美容クリームが肌に合わなさすぎてこんなことになっちゃった」のだそうだ。「いや、でも、ほっとしました。祐希が家出したって知ったときは、もし事故にあったらどうしよう。もし誘拐されたらどうしようって」白雪くんのお父さんはソファに沈みながら本当にホッとした顔をしている。紅茶に砂糖いれすぎじゃない? とだれかがこっそりいった。「聞けばみなさん祐希と同じ学校の生徒さんみたいで。いや、ほんと、ご迷惑おかけしております」お父さんは頭を下げて、私たちも、白雪くんも頭を下げた。「それで、おまえはしばらくここにいたいんだな?」とお父さんが聞くと白雪くんは「うん」といった。「そう、じゃあ、またくるから。あ、このおしゃれな紐はみなさんにさしあげます」といって白雪くんのお父さんは帰っていった。

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