兄にとって、私は護る対象なのだろう。残されたたった一人の家族。もしかしたら、私は今自分の想像以上に酷い顔をしているのかもしれない。もう、護られなければ崩れてしまいそうなほどに。
兄は、2人で今を乗り越えて、なんとかでも進んで行こうとしているし、そのために私に弱味を見せようとはしない。
でも兄は知らないから。何も知らないから。だから私の気持ちは解らない。中身が中空の卵の私がもう何かに耐えることは不可能だ。今の私にあるのは卵の殻の様に脆い、中身の無い外面だけ。どうせいつか砕け散る。
もう私は、未来を視るが故に、未来を目指せない。
お母さん達が乗っていたジェット機が墜落した時、私も墜落してしまったんだから。
ある廃屋のビルの屋上の錆びたフェンスを乗り越えた。掌に赤茶色の錆びがたくさん付いた。強い風が私の髪をなぶった。
屋上から見た下の景色は7階建てのビルの屋上から見た景色にしてはとても高く見えた。その景色に吸い込まれて落ちるような気がしてクラリとした。
兄へは手紙を書いて来た私にもう気にすることはなかった。かなり言いたいことが解り難い文章だったし、私のこれまでを全て語って兄を混乱させる気もなかったし、信じて貰えるかどうか不安だったけど、兄は勘がいいので解ってくれるだろうと思った。
命を失う恐怖と未練は無い。むしろ今の空虚で脆い心を抱え続ける方が恐ろしかった。
壊れる前に壊れてしまえ。墜ちる前に落ちてしまえ。
そして私は飛び降りた。
景色が流れる。でも止まって見える。重力に捉えられ加速すると脳の動きも加速するのか、かつて無いほど頭が冴えている。
そんな様にして落ちていくなか、私は最後の予知をした。
私の兄は、いつか、全てを乗り越えて、自分の才で成功することが私には『分かった』。
私は少し嬉しくて、落ちながらなのに笑った。
やっぱりお兄ちゃんは私とは違う。前を向いて、未来じゃなくて今と生きることを見つめて、時々過去を振り返り、無明の中でも進もうとする。未来が明るすぎて目が眩んで、今と過去を見れず、ここで落ちている私とは大違いだ。
もう本当に心配無い。生きようとする人はそれだけで、どこか幸せなんだから。
愛する人への心地好い羨望と自分ではない者に託す希望でどこか明るく嬉しい気持ちになった私の脳裏に、ある一つの情景が浮かんだ。