父は、母との間に一番上の兄を儲けていたのに、母の姉の間にも『間違って』新しい兄を儲けていたということだった。そして、父はその新しい兄を、捨てた。
私はこの手帳と書類を双子の兄から咄嗟に隠した。そして自分の部屋に持っていった。
私は手帳と書類を穴が開くほど眺めた。この手帳と書類が幻影であってほしいと思った。全て出来の悪い冗談だと。しかし、この手帳が隠されていたということ、手帳に記された詳細な出来事の羅列、そして何より勘の様なものがこれが本当のことだということを示していた。
私の中で、父への尊敬や愛着というようなものが音を立てて崩れていった。こんなことをしていた父への軽蔑と嫌悪の念が、そしてそんな父を何も知らずに尊敬してきた自分にも自嘲と嫌悪の感情が襲ってきた。そして心の中では罪の無かった新しい兄への罪悪感と後悔が膨れ上がっていた。
私は新しい兄をどこかで兄ではなく従兄として見ていた。少なくとも、兄とされていても従兄だとどこかで思っていたから、あそこまで敵意を表す事が出来ていた。だが、最初から彼が腹違いの兄だと知っていたら私はどうしていただろうか。意味の全くなかったあの敵意を兄に向けなかったのではないか、そんな考えが苦しいほど胸を埋めていた。
私の中で父が徹底的に貶められ、かつて私がずっと守って来た幸福が、ただの、嘘つきとその嘘を信じている人々の欺瞞の城のように思えてきた。実は捨てられていた家族とそれを隠す父、そしてそんな父を無邪気に信じる無知な家族。
全部お父さんが悪いのだ、お父さんが彼を捨てなければ、彼を取り戻したりしなければ、彼をつくらなければ、私達家族を裏切り続けさえしなければ、こんなことにはならなかったかも知れないのに………!
私の中で今の全ての不幸は父のせいになった。
私にとって大切なものは何だったのか、過去に対する価値観が全て崩れていった。
新しい兄は、確かに不幸を齎した。少なくとも、これまでの幸せな記憶を、全て、私は喪った。
階下で電話が鳴る。2日前から鳴りっぱなしだ。双子の兄が父の部屋から飛び出して急いた様に階段を駆け降りる音。単調で無慈悲な音は切れる。私は兄から電話を取ることを禁止された。でも今兄がどんな電話を取ったのかは分かる……兄は、尊敬していた父の汚い真実を自分だけで引き受けようとしている。私は父がこのことに関しては無罪だと知っているけれども。
兄はいきなり重荷を背負わされ、本当は泣いてもいいほど辛いはずなのに、少なくとも私の前では泣いていない。私でさえ泣いたのに。私の前では務めて気丈に振舞っている。まるで私が兄のことを心配するのを拒絶するように。