小説

『オクリモノ』村越呂美(『賢者の贈りもの』O.ヘンリー)

 一度、俺があいつんちに寄った時、おふくろさんが暗い台所でげえげえ吐いてるのを見たことがあるんだ。獣みたいな声でうなってて、気味の悪い家だと思ったよ。そんなだから親父さんもあんまり家に帰らなくて、たまに家にいると、ひどい夫婦喧嘩で騒ぐから、近所ではちょっと有名だった。ガラス窓が割れて、おふくろさんがナイフを振り回したりして、警察に通報されたこともあったよ。
 俺達が高校一年の時、あいつのおふくろさんが薬の飲み過ぎでぶっ倒れたらしいよ。それで親父さんがおふくろさんをクルマに乗せて、病院に連れて行く途中で交通事故があって、二人とも死んだんだって、俺は聞いたよ。
 さあ、クルマの中で何があったのかはわかんないけど、高速でもない道で、乗ってた人間が二人とも死んだんだから、ふつうの事故じゃねえよな。
 周子が親戚の家に行くことになって、引っ越してからは会ってなかった。それが半年くらい前かな、偶然あいつが客に連れられて、この店に来たんだ。アフターってやつだよ。
 西野って男と一緒にここに来たことはなかったよ。ほんとに、あいつ、つきあってたの? その男と。
 オロカモノのオクリモノ?
 周子が男に入れあげて、そのばあさんを殺してやったって?
 どっかのおっさんが、そう言ってんの?
 わかってないねえ。
 周子は男とかモノに執着するような女じゃないよ。あいつはね、この世のものになんか、なんにも興味ないの。すぐに人に金貸しちゃうし、頼まれると寄付とかしちゃうしね。だから、惚れた男を救うためとか、そんなことのために、あいつが熱くなるなんて、ありえないって。
 あいつはさ、世の中から見放されたかったんだと思うよ。
 ほら、あいつきれいだし、頭も悪くないから、よく人に言わていたんだ。
 「水商売なんかしてたらもったいない」とか、「君だったら自分の店を持てる」とか、さ。そういうの、しんどかったんじゃねえかな。
 人殺したら、あいつがどれだけ投げやりに生きていても、みんな放っておくだろ? それで、あいつは自分で自分を刑務所送りにしたんじゃねえのかな。
 どこに行ったって、逃げられないことなんて、きっとあいつにもわかってるよ。それでもさ、逃げたくなるのもわかるんだ。
 あんただって、あれ聞いたら逃げるよ。てめえの母親がバカみたいに薬飲んで台所で吐いてる、あの化け物みたいなうめき声を聞いたらさ。

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