小説

『オクリモノ』村越呂美(『賢者の贈りもの』O.ヘンリー)

 義姉さんのご遺体を見つけたのは私です。あの日、義姉さんは営業会議に来なかったんです。彼女は、兄が亡くなる前から会社の経理や財務の仕事をしていましたから、決して、世間で言われているようなお飾りの社長なんかではありませんでした。だから、彼女が無断で大事な会議を欠席するなんて、何かあったのだと思ったんです。
 急いで世田谷の義姉の家を訪ねると、玄関の扉が開けっ放しになっていました。急いで家に入ってみると、義姉さんがリビングで倒れていました。
 あの日はいつものお手伝いさんが、大阪の息子さんのところに行くために休みを取っている日でした。もし、あのお手伝いさんがいてくれたら、犯人の女性も、義姉さんを殺すのを思いとどまったかもしれないし、もし刺されても、すぐに救急車を呼べば、命を落とさずにすんだかもしれません。運が悪かった。
 私はすぐに警察と救急に連絡をして、会社の役員達に連絡をして、清彦君に連絡をした後はもう、ずっとばたばたと動き続けていました。何しろ現役社長があんなかたちで亡くなったので、取引先にもご説明に行かなければならないし、社葬や相続、取締役の選任と、事件から2ヶ月はまったく休みが取れませんでした。ええ、きつかったですね。
 それでゆっくりしたいから、私が引退すると?
 清彦君がそう言っているんですか? まったくあきれたもんですよ、あの男は。
 母親を亡くしたばかりの人間の悪口なんて言いたくないですが、義姉さんがあんなことになった責任は、清彦君にありますよ。彼が女にだらしない男だったからです。彼女が、犯人に会おうと思ったのは、清彦君の悪い噂が耳に入っていたからです。清彦君はあちこちで借金をして、借金取りが会社に電話をしてくることもあったようで、藤沢建設の常務さんからなんとかしてほしいと言われていたんですよ。
 清彦君に問い質しても、のらりくらりとはぐらかすばかりで、それで義姉さんは犯人の女性に話を聞いてみようと思ったわけです。きっとそんな話から、言い争いにでもなったんでしょう。
 ですからね、私はあの犯人の女性にも多少同情しているんです。動機については黙っているそうですが、きっと清彦君から、我慢ならないようなひどいめにあっていたんだと思いますよ。
 でも、もし彼女が清彦君を恨んでいたんだとしたら、義姉さんを殺しても復讐にはなりません。こんなことを言ってはなんですが、清彦君にとって、母親が死んだのは、ある意味ラッキーだったんですから。
 義姉さんは、清彦君に会社を譲るのをやめるつもりでした。彼女が目をかけて育てた社員が、今年、常務取締役になりましてね、うちの娘と婚約したんです。義姉さんは彼に会社を譲るつもりだと言っていました。「清彦にまかせたら、会社をつぶされちゃうわ」ってね。
 それが、こんなことになって、清彦君は母親の株式をすべて相続し、代表取締役になります。私はまんまと取締役退任に追い込まれましたよ。

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