小説

『T大学文学部のメロスと申します。』伊藤佑介(『走れメロス』)

「企業は、人を落とします。」
「なぜ落とすのだ。」
「なぜと言われましても。」
「たくさんの人を落としたのか。」
「はい、私の友人たちはみなエントリーシートですべて落とされました。わたしも先日の一次面接で落とされました。」
「おどろいた。企業は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。今日は、六百人落とされました。」
 聞いて、メロスは激怒した。「あきれた企業だ。許せぬ。」 
 メロスは、単細胞な男であった。就活で落とされるということをあまり考えたことがなかった。
 そして先のメールはそんな折に来た。今日受ける会社ではなく先週履歴書を送った会社からだった。
 なぜ会社は人をたった一枚の履歴書や数分の面接で不合格にしてしまうのだろう。そんなものでその人がわかるのだろうか。素直なメロスは思った。そうだ、この疑問を次の面接にぶつけてみよう、そう決めたのだった。
 会社に到着し、待合室に通された後しばらく待たされ、やがて面接の部屋へとメロスは案内された。
 面接が始まるやいなや面接官に興奮気味にこう言った。
「就活の面接なんかで本当にその人がわかるのですか。」
 少しびっくりした表情を浮かべた面接官はすぐに微笑んでこう返した。
「限られた時間の中でわたくしどもは全力を尽くしています。」
 そしてすぐに
「話を変えましょう。あなたが学生時代頑張ったことは何ですか。」とたずねてきた。
 メロスはリクルートスーツにつつまれた自分の身体から、ひんやりとした嫌な汗がふきでてくるのを感じた。繰り返しになるが、メロスには学生時代頑張ったことは何一つない。家で寝て暮らしてきた。
 「何一つありません。家で寝て暮らしてきました。」と答えた。正直であることがメロスの唯一のとりえであった。
 面接官は嘲笑した。「当社は家でゴロゴロして大学生活を無駄に過ごした人を採用するような慈善団体ではありませんよ。」

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