小説

『面影』野本健二(『鶴の恩返し』)

「玲子?」と真一郎は小声で彼女に尋ねた。「姉さん、玲子って誰?」
「知らない」と彼女は素っ気なく答えた。「お母さんの他に誰かいたんでしょ? 年下の人が」
 真一郎は「まだいたのかよ」とつぶやいて、部屋の隅にある母の仏壇の前に座り、お鈴を鳴らし、手を合わせた。男は不思議そうにその姿を見ていた。
 彼女はグリルから魚を取り出し、テーブルに料理を並べ始めた。編みかけのマフラーが邪魔だったので、彼女はそれを机からどけて床に放った。3尾の秋刀魚の焼き加減は完璧だった。

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