小説

『ザ・ガール・ネクスト・ドア』中村吉郎(『鶴の恩返し』)

「あんなことって、ケンジくんに何がわかるの?」
「いつまでも何もわからない子供扱いしないで下さい」
「白髪の男性って、あの人は、私の実の父よ」
「・・・」
「私の父が何をやっているのか、私の仕事が何なのか、いずれは話そうと思っていたのに、もうこれでお終いみたいね」
「カリナさん、教えて下さい。カリナさんが毎日何をやっているのか」
「ケンジくんがギターで成功したら全てを話すって言ったのに、信じてもらえなかったのね」
「ごめんなさい。でも、オレの気持ちもわかって下さい」
「残念だけど、約束を守ってもらえなかったから、これ以上は続けられない。私は悲しい。でも、ケンジくんには感謝している」
「カリナさん、オレだってカリナさんには感謝しています」
「ケンジくん、ありがとう。おやすみなさい。そして、さようなら」
 初めて会った夜と同じ様に、カリナは自然に素早く部屋に入り、鍵をかけた。
 その日以来、ケンジのポストに白い封筒は入らなくなった。毎日部屋の前で待つケンジに気づかれない様に、どのような方法を取ったのかは不明だが、カリナは引っ越してしまったらしく、カリナのいた部屋はいつの間にか空き部屋になっていた。
 でも、いつの間にか、ケンジはギターだけで生計を立てられる様になっており、毎晩の様にライブハウスで演奏していた。演奏しながら、ライブハウスの客席にいつかカリナが来るのではないかと思い、背の高い、顔立ちの整った女性の姿をみかけるとカリナではないかと思わず顔を見つめるのだが、その女性がカリナであることはなく、その後、ケンジがカリナと会うことは二度となかった。

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