封筒の投入が1週間続いた後、ケンジは、何とかカリナと話をしようと、アルバイトを休んで、終日部屋の前でカリナを待つことにした。
朝から部屋の前でカリナを待っていると、昼過ぎ頃、初対面の時よりもやや派手な服装のカリナが部屋から出てきた。上品な香水の香り、隙のないメイク、女優の様な雰囲気がある。
「カリナさん、毎日ありがとうございます。どうしてもお礼が言いたくて、今日はずっと待っていました」
「ケンジくん、気にしないで下さい。あの日、私は本当に危ないところを助けられました」
「でも、毎日1万円はもらいすぎです」
「そんなことないですよ。詳しくは言えないけど、あの日、あの駅で降ろされていたら、私は二度とこの部屋に帰ってこられなかった。だから、遠慮なく受け取ってね」
「でも、これはカリナさんが働いて稼いだ大切なお金でしょう」
「ケンジくんも、ギターだけで生活するのは大変でしょう。朝早くからアルバイト行っているみたいだし」
「あ、起こしてしまっていましたか。」
「毎日1万円あれば、アルバイトしている時間をギターの練習に使えるでしょう。私は、ケンジくんには、ギターだけで生活出来る様になってもらいたいの」
「カリナさん、少しお話する時間ありますか?」
「ごめんなさい。私も仕事で、すぐに行かなければならないの」
「今日じゃなくてもいいです。明日でも、明後日でも」
「時間のお約束がし辛い仕事をしているのよ。お願いだから、お金は受け取って。それから、私のことは気にしないで」
「それは無理ですよ」
「ケンジくんがギターだけで暮らせる様になったら、ゆっくりお話しましょう。それまで、何も聞かないって約束して」
真剣なケンジに、カリナは可愛らしい笑顔を見せてこう言うと、足早に出かけて行った。