「それがよろしいかと」マルガリータをコースターの上に置きながらマスターは言った。「どうぞ」
「ありがとう」女は一口飲んだ。「ここで飲むと他の店でお酒が飲めなくなりそう」
「恐縮です」
「マスター、家族は?」
「お恥ずかしい話ですが、独り身です」
「そうなの?こんな素敵な男性をほっとくなんて世の女性は見る目がないのね」
「いえいえ。私なんてただのしがないバーテンダーです」
「家族を作りたいと思ったことはないの?」
「独り身に慣れ過ぎたのかもしれません」
「寂しくない?」
「どうでしょうか。この生活が長すぎて自分ではよく分からなくなってしまいました」
「確かウサギだったかしら。寂しいと死んじゃう動物」
「ええ、ウサギです。でもあれは環境の変化によるストレスが原因だと聞いたことがあります」
「私、あると思うな。寂しくて死んじゃうってこと。うん、絶対にあると思う」女はくるくるとグラスを回しながら言った。
「そうですね。あるかもしれません」マスターはバーボンを一口飲んだ。
「どこまで話したっけ?」
「四人が過去の事件に初めて向き合ったという場面です」
「ああ、そっか。そこか」女はマルガリータをじっと見つめた。「昔話やおとぎ話って意外と残酷なものもあるって知ってる?」
「そういった見方もあるというのは存じております」
「見方…そうね、一つの見方というだけの話かもしれない。ただその見方がその人にとっては真実になる」
「おっしゃるとおりです」
女は淡々とまた語り始めた。