「死んだのですか?」
「ええ。カニイは誰にも何も語ることなく自殺した。自宅で首を吊ってね」
「自殺…ですか」
「カニイは自殺する直前、女の子を産んでいて親戚にあずけていたんだけど、親戚一同その子の面倒を見るのは嫌がっていた。何しろ誰が父親かも分からない子だからね。それを不憫に思った幼馴染の四人は一歳になったばかりのその子を引き取ることにした」
「かわいそうに」
「物心つく前から四人に育てられていたカニイの娘はしばらく四人が本当の家族だと思っていたんだけど、大きくなるにつれ実の家族じゃないことを知った。そりゃそうよね。家にはパパが三人、ママが一人いるわけだし。そして娘が六歳になった時、彼女は四人に尋ねた。私の本当のパパとママはどうしたの?って」
「悲しい質問ですね」
「そうね。四人は当然、パパは行方不明でママは自殺したんだよ、なんて言えるわけがない。自分達が本当の家族じゃないことは正直に話したけど、母親と父親は仕事で遠くに行ってることにした」
「適切かと思います」
「でもそんな嘘はいつかばれる。それまでカニイの死について、なるべく話さないようにしてきた四人は、事件から六年たって初めてみんなで向き合うことになった。マスター、次はマルガリータをちょうだい。私のおごりだからマスターも飲んでね」
「かしこまりました。ありがとうございます。私もいただきます」マスターはゆっくりと頭を下げた。
マスターが次の酒を用意してる間、女はジントニックに入っているライムをストローでつついていた。粒になったライムを口に含むと女は言った。「私、ライムって好き。苦いのか、酸っぱいのか、よく分からないところが好き」
「私は正直苦手です。よく分からないところが苦手です」マスターは苦笑いをしながら言った。
夜中の十二時を過ぎると、台風はさらに関東方面に近づいたようだった。地面に穴を空けるほどの勢いで雨は降り続き、モンキーアンドシザーズは地響きのような低音に包まれていた。
「タクシーで帰るしかなさそうね」女は言った。