小説

『硝子細工』酒井華蓮(『堕落論』坂口安吾)

 美麗がもし海に飛び込んだら。水死しても上手い具合に浜辺に打ち上げられて綺麗に死んでいそうだ。醜い彼女というのは想像がつかない。
「それは小説だから生きていたら望みがあるかもしれないけど現実ではそう上手くいかないでしょ?辛いまま何十年も生きてくの?」
「あら、美麗らしくない。それこそ現実的に考えるなら、無理に引き裂かれても一年も経てば別の人に目が向き始めるでしょ」
 何年も一人だけを思っていました、というのは物語の中だけだと、私は思っている。
 それに彼氏の存在が絶えない美麗がそんなことを言いそうになくて、思わず笑ってしまった。
「…そっか。私こそ幻想を持ち出していたのね」
「何よ」
 いやに嬉しそうな声だ。
 何が嬉しいのか分からないだけに気味が悪い。幼馴染であっても、何を考えているか分からないことが多すぎる。
「いや、私も人間らしいなと思って」
 前言撤回したくなってきた。やはり厨二病ではないだろうか。
 人間でないならなんだと思って生きてきたのか。分かりやすくお前は人間だ。
 顔に表れていたのか、今度は美麗がくすくすと声を上げて笑った。
「違う違う。理想を現実に求めて無理するのが嫌いなんだけどね、例えば女の子は皆お淑やかで煙草を吸わないからそうあるべきだ、みたいなそういう幻想の無言の圧力」
 それは自分の話をしているのか。
 外に出れば容姿を愛でられる彼女は確かに、周囲の期待によって堂々と煙草を吸わないし、プリクラで変顔、ともいかない。
 煙草の代わりにカフェのコーヒーを口にして、カップ麺の代わりにパスタを啜る。
「だけど心中って実際に過去沢山あったし、そんなに理想だけの話じゃないと思っていたけど、そっか、心中なんかしなくたってすぐ別の人がね、そうね。つまり、あの男もああ言っていて、すぐに別の女に手を出すのね」
 最後の一言に、不快にさせてしまったかと顔を上げたが何ともない様子で煙草を吹かしている。
 まあ、大学生なんてそんなものだろう。というか彼女もすぐ他の男がすぐに見つかるし。

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