亮三はメイ一とメイ二に違いないと確信した。多分、死に場所を求めて、母山羊メイ子とじゃれ合い、乳を飲んだ杉の大樹まで、やっとの思いで辿り着いて息絶えたのだろうと、そう考えるのが自然だった。
早速、亮三は母に手を引いて貰って持ち山へ向かった。木々は伐採され開放的な空間が広がっていた。杉の大樹に近付くにつれ、目の不自由な亮三は周りが見渡せるように感じた。
そして二頭の純白の山羊が切株の横に座って耳を立てているのがハッキリと亮三の目に映った。
「母ちゃん::メイ一とメイ二が、ほら、あそこに座っている」
「どこや、どこ?母ちゃんにはサッパリ見えん」
気のせいだろうと亮三は思った。暫くすると、その残像も消えてしまっていた。亮三は持ってきた線香に火を点けた。
「ありゃ?こんな処から水が湧いとる。不思議や。亮三!飲んでみんか?」
母子でその湧き水を両手で掬い、喉を潤した。試しに亮三は目を洗ってみた。何故か明るくなった感覚に陥った。
「母ちゃん、この水で目を洗ったら、目が楽になるかもしれん::」
母はそれから毎日、その新鮮な水を汲んで来てくれた。亮三はそれで目を洗う度視力が回復していくことに吃驚していた。医学では説明のできない魔法の水だった。
そこそこに目が見えるようになってから亮三は杉の木で祠を作った。材料は父が記念にと、大樹の一部を除けて納屋に仕舞ってあったものだった。杉皮も確り付いていたから屋根はそれで葺いた。
祠を湧き水の横に確り置いて亮三はメイ一とメイ二を弔った。メイ子が好きだった榊の葉も供えた。心静かに双子の山羊の冥福を祈り続けた。
亮三の右目はメイ一からの贈り物であり、左目はメイ二からの感謝の印だと、亮三はそう思い眼がしらを何度もぬぐった。
その祠は目の病気の神様だと世間に知られるようになって、自転車道から祠までの獣道に階段が造られた。それらは湧き水のお陰で目が治った人々の、お礼と感謝、善意で完成されたものだった。
山羊の視力は遠方まで及び、計り知れない能力があることを亮三が専門誌で知ったのは定年後のことだった。
亮三は時々、デッキで日向ぼっこをしながらメイ子の薄茶色の瞳を懐かしく想い出していた。
そして、あの頃に培った豊かな趣情は間違いなくメイ一とメイ二からの授かりものだった。亮三は都会の雑踏に惑わされ何十年もの間そのことに気付くことはなかった。