灌木の脇で双子の子山羊が日向ぼっこをしていた。先に気付いたのはメイ二で耳を立てた。それから亮三を見止めたメイ一が転がるように走ってきた。メイ二が負けまいと後を追っている。
亮三が姿を見せると母山羊の母乳にありつけるのを知っているのだろう。リンゴ箱に山羊を入れ、上からゴザを被せた。村人に見つかって、父に告げ口されることを亮三は恐れた。
朝の搾乳を怠っていたので、メイ子の乳房はパンパンに張っていた。子山羊が下腹をまさぐっただけで乳首から乳が飛び散った。亮三は母子の強い絆を目の当たりにして生命の尊さを垣間見た気がしていた。
乳をたっぷり飲ませた後で双子の兄弟をリンゴ箱に隠し、山へ戻すのが日課になった。ぬかるんで自転車で走れない時はメイ子を散歩としゃれこんで直接連れて行った。持ち山に近付くとメイ子は亮三を振りほどき獣道を駆け上がり、杉の大樹の下で我が子を呼んだ。
灌木に隠れていたメイ一、メイ二は直ぐに母親の元へ駆け寄り乳を飲んだ。
若葉茂る五月の末、メイ一とメイ二の姿は突然、持ち山から消えてしまった。親離れの時期かと、亮三はそう解釈したかった。最悪の場合、野犬やキツネなどの天敵に襲われたのかもしれなかった。どれだけ捜しても見つけることはできなかった。
それから十年の歳月が流れた。勉強が苦手な亮三は学校からの推薦で埼玉の私大に進学した。
夏休みの帰郷の際に悪ふざけをして、友人の新車を運転中、ガードレールを突き破って川に転落する大事故を起こしてしまった。無免許運転だった。車の弁償や入院治療費がかさみ、父は持ち山の杉を売ってその賠償に充てた。杉は名木と称されて思いの外高く売れたとのことだった。その折にメイ子が子山羊に乳を飲ませた処の杉の大樹も切り倒された。
その時の大事故で、頭を強打した亮三は視覚をつかさどる脳神経に支障をきたしたのか視力は低下し、夏の光でさえ木々を識別するのは困難になっていた。
若いとはいえ自己責任以外のなにものでも無かった。彼は大学を中退した。勉強に情熱の欠片もない亮三は心のどこかで清々していた。
「罰が当たってしまった」
自宅療養していた時に亮三は母から妙な話を聞いた。
「昨日、杉山の掃除に行ったのだけど、上の方に杉の大木があったろう?その切株の近くで動物の骨が重なりあっていた。父ちゃんが埋めてくれたんだけど、父ちゃんも不思議がっていた。あれはもしかして、あの時の双子の山羊かもしれない」